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2017年9月 1日 (金)

第265回 一歩先

8月は戦争について考えさせられる月です。戦争など日本にとっては過去のことと思っていた人も多いと思いますが、北朝鮮のミサイル実験によって文字通り目を覚まされた人もいるのではないでしょうか。

一部地域ではJアラートという警報が鳴り響きました。ミサイルが日本に飛んでくるかもしれない。何かが落ちてくるかもしれない。だから頑丈な建物の中に避難してください。ということらしいです。いくつかの鉄道も止まりました。防災の日だけでなく、常にあらゆる災害に対して備えておくことは重要なことです。災害対策の基本は「準備していないことはできない。」です。あらゆる事態を想定して災害対策を講じておくことは極めて重要なことです。

ですが、ミサイル攻撃は自然災害ではありません。人間が引き起こすことであり、何かの原因があります。これをあたかも自然災害と同じ扱いをすることには違和感を持ちます。Jアラートなどという横文字を使うのではなく、空襲警報という日本語を使えば、災害対策とは違うことがよくわかるのに、と思います。戦後72年たっての空襲警報です。

私は、攻められたときのために備えて軍隊を持つのではなく、「攻められない」国を作ることが大切だ、それが憲法9条の考えだと思っています。これに対して、「攻められない」ことを前提に軍事的な備えをしないのは、あたかも原発事故が起こらないといって何の備えもしないのと同じだと批判されることがあります。ですが、この批判には、軍隊を持って備えていれば攻められない、国民の被害は出ないという前提があります。軍事的抑止力が破れた一歩先を考えていません。軍隊を持っていれば国民を守れる。そのこと自体を疑ってかかるのが法的思考力だと思っています。

物事には二面性があります。北朝鮮からアメリカに飛ぶミサイルを日本が打ち落とすことはアメリカにとってはありがたいことであり、日米軍事同盟はより強固になると思います。ですが、反面、それは日本が北朝鮮に対して先に攻撃したことになりますから、その結果何が待ち受けているか、その一歩先を考えることも必要です。

アメリカはアフガニスタン、イラク、リビアなどで軍事力によって問題を解決しようとしてことごとく失敗してきました。仮に現在の北朝鮮政権がアメリカの軍事力によって崩壊したらどうなるでしょうか。無秩序状態が生まれ、それによって引き起こされる想像を超えるリスクが待ち受けているかもしれません。多くの難民、大量の兵器、核技術、麻薬、偽ドル紙幣、人殺しの訓練をしてきた数百万の軍人、工作員などが世界に拡散することになります。もちろん日本がこれらの流入を完全に防ぐことなど不可能です。「独裁政権が崩壊してよかった」では終わりません。何事にも二面性があるのです。そして一歩先があるのです。

試験に合格したときも、ほっとした気持ちと、未知の世界に一歩踏み込んだ不安とが混在します。不合格になったときには、残念で悔しい気持ちで一杯になります。ですが、他方で自分の足りないところが客観的に明らかになるのですから、一歩先を見て長い人生のスパンで考えれば、自分の成長の機会をもらったというプラスの面もあります。

私はよく、自分の身に降りかかる出来事の意味は自分で考える。自分で出来事に意味づけをすればいいんだと言っています。試験の結果もそうです。合格、不合格という事実にどんな意味を与えるかは自分次第なのだから、そうした事実のひとつひとつに一喜一憂する必要などない。自分に起こった出来事の意味をしっかりと考えて、自分で主体的に意味づけをすればいい。それが一歩先につながる。なぜそう考えるのか。それは自由でいたいからです。

私のような考え方に対して、人生の意味など考えたって仕方がない、仕事の意味など考えること自体が無意味だという人がいます。確かに、どんなに考えてみたところで本当の意味などわからないかもしれません。ですが、だからこそ、自分で自由に意味を与えることができるのです。意味などないと決めつけること自体、「ない」ということに自分が縛られることになります。意味があるかないかは自分で決めることです。そして、意味があるとしたら、どんな意味があるかも自分で決めればいい。こんなに自由なことはありません。

物事の評価は自分で決める。そのための価値基準をしっかりと持つことも法律を勉強することの重要な意味です。常に物事を相対的に観る。多面的に観る、全体から観る。一方の考えを聞いただけで判断せず、物事は相対的であることを知る。その上で、自分の考えを持つことが大切です。「いろいろな考えがありますね」というだけで終わってしまったのでは自分が成長しません。「自分はこう考える」といえるまで考え、それをときに発言し実行して一歩先に進む。そうした訓練をすることが、法律家、行政官として活躍するために必要なことだと考えています。それは、自由に生きるための技法(リベラルアーツ)でもあります。法律を学ぶ中で身につけることができる重要な資質の一つです。

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