真の法律家・行政官を育成する 「伊藤塾」 株式会社 法学館

2019年2月 1日 (金)

第282回 個性の多様性

昨年以降、『ボヘミアン・ラプソディー』という映画が大ヒットしているようです。私も若かりし頃、深夜放送から流れてきたこの曲を聴いたときの衝撃を今でも鮮明に覚えています。フレディ・マーキュリーの歌声と斬新な曲想が耳から離れませんでした。一人一票裁判では不当な判決を「ガリレオ判決!」と叫んでいますが奇抜さでは負けています。インド系両親、タンザニアにあるザンジバル島生まれ、イギリス式教育、大学で芸術とデザイン専攻、これだけでも多様性を地でいっているような生き様ですが、そこにバイセクシャルも加わります。それらすべてが彼の個性であり、彼の魅力の源泉であることを否定する人はいないでしょう。

人はさまざまな要素によってその個性を作ります。年齢、外観、容姿、人種、民族、国籍、宗教、既婚未婚、職業、学歴、地位、趣味、能力、障がい、性的指向、世界観、人生観、思想・信条、死生観、経験、その他。この「その他」にはさらに多くの要素が含まれます。つまり、人の個性は無限の要素からできあがっているのです。

私たちは、ときどき、そんな多様な人間をある要素だけみて、カテゴライズしたり、その他の無限の要素に思いが至らず決めつけをしたりしてしまうことがあります。それを差別とか偏見と呼ぶのだと思っています。もういい年の大人なんだから、弁護士だから、裁判官だから、検察官だから、公務員だから、こんな学歴だから、などといって自分自身を枠に当てはめてしまうのみならず、他人をも枠にはめようとする人もいます。そうしたものの見方自体ももちろんその人の個性のひとつですが、私はあまり好きではありません。

男性だから、女性だから、LGBTだからという要素が人の評価要素になること自体がなくなれば良いのになとも思います。最近もLGBT議員が当選などとニュースになります。もちろん、政治の世界で性的多様性が実現することは極めて重要なことだと考えています。昨年末に発表された世界経済フォーラムによる男女平等ランキングでは149ヶ国中、日本は110位でG7の中でダントツ最下位です。中でも国会議員数は130位ですから目を覆いたくなるばかりです。男女すらこの状況なのですから、市民社会における性的多様性など夢のまた夢かとも思いたくなります。

LGBTにQ(Queer)を追加することも最近では目にするようになりました。一風変わったとか奇妙なというような意味ですが、普通じゃないというニュアンスがあるような言葉です。ですが、性において普通とは何なのでしょうか。L(レズビアン・女性の同性愛者)G(ゲイ・男性の同性愛者)B(バイセクシャル・両性愛者)は性的指向のことであり、T(トランスジェンダー・身体の性と心の性の不一致)という性自認の問題とは性質が違います。これらを並べて、Qを追加したとしても、”普通ではない”とされる性の個性を一定のカテゴリで整理したものといえます。

ここで前提とされている”普通の性”とは何なのでしょうか。「女の身体に生まれて、自分を女と自認して、男を好きになる人」、または「男の身体に生まれて、自分を男と自認して、女を好きになる人」の2つを想定しているようです。ですが、自分の身体的特徴、性自認、性的指向という3つの要素だけでも、男、女、どちらでもない、どちらでもいい、わからないなど様々な傾向があります。その掛け合わせですから、相当なバリエーションがあります。

身体は男だけれども自分を女性と自認したうえで女性が好きなレズビアンもいるわけです。さらに表現する性(Gender Expression)の多様性を含めると本当に多様です。表現する性とは、仕草や服装、言葉遣いなどです。見た目の「男らしさ」、「女らしさ」ともいえるもので、そもそもこの「らしさ」は社会によって異なります。男性の身体で男性と自認し女性が好きだけれども、仕草や言葉遣いは女性的という人もいます。整理すると以下のようになります。

・性的指向(Sexual Orientation) 好きになる性であり恋愛感情や性欲が向かう先
・性自認(Gender Identity) 主観的に自分をどう自認するかの性
・性表現(Gender Expression) 表現する性
・身体の性的特徴(Sex Characteristics) 身体の特徴としての生物学的な性

そしてそれぞれが男、女と2分できるものでなく、無限のグラデーションがあります。Sexual Orientation, Gender Identity, Gender Expression, Sex Characteristics, これらをまとめて、SOGIESC(ソジエスク)と呼びます。これはLGBTQのように人をカテゴライズして分類する類型ではなく、誰もが持つ性の多様な要素に着目したもので、すべての人の個性を表現する言葉と言えます。私は早くLGBTQよりもSOGIESCが広まればよいなと思っています。

ニュースでLGBTQの政治家や法律家という形で取り上げられることがなくなる社会を目指すのが憲法13条前段の個人の尊重です。どんな属性や要素を持っていても、誰もがそこに命を持って存在するだけで価値がある。この「存在価値」を認めようとすることが人権の本質であり、個人の尊重だと考えています。それは人をカテゴリで括って評価することをやめようという考え方につながります。

統計問題でも厚労省の官僚はとか、日本の役人の質が下がったとかいう決めつけ、改憲派、護憲派というレッテル貼り、徴用工問題やレーダー照射事件を受けて韓国、韓国人へのラベリングなどは、もうやめたらどうでしょうか。抽象的な概念での決めつけは、問題の本質を見誤る危険があります。

法律家や公務員は問題の本質を見極め、適切な対処をしていく仕事です。皆さんには誰もが持つ個性の多様性を踏まえて、一人ひとりの幸福追求をサポートする法律家や行政官をめざしてほしいと願っています。

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