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2019年10月 1日 (火)

第290回 権力分立

皆さんは国会は何をするところだと思いますか。立法するところだという答えはもちろん正しいのですが、それだけではありません。政府を監視する機能があります。立法権限だけではないので、憲法第4章のタイトルは国会となっていて立法ではありません。同じく、内閣も行政権だけでなく様々な権限を有しますので、第5章は内閣です。それに対して、裁判所はほぼ司法権を行使する機関です。もちろん司法行政権や客観訴訟も行いますが、その本質的な権限は司法権ですから、第6章だけは裁判所ではなく、司法となっています。

さて、国会による内閣の監視・監督権限について、興味深い判決が9月24日イギリスで出されました。イギリス最高裁は、ボリス・ジョンソン首相が5週間にわたり議会を閉会したことに対して、「政府の行動を問いただすという議会の憲法上の職務遂行権限を首相が妨げたことは違法だ」と11人の判事全員一致で判断しました。

この判決を受けて、ジョン・バーコウ下院議長は、最高裁の判断は明確だとした上で、「議会の役割は政府を監視し、政府の行動を点検するものだという国民の期待に応える義務がある」と述べたそうです。議会が政府を監視し政府の行動を問いただすことは、憲法上の職務であること、それが「国民の期待」に基づくものであることが、よくわかります。

議会は単に法律を作るだけの機関ではないことが、議会、裁判所、そして国民にも共有されているのです。ジョンソン首相の暴走はあまりにひどいものに見えました。イギリスのEU離脱という国家の一大事を自分の考えを押し通すために議会での審議を行わせない。そのために国会を5週間も閉会してしまうというのですから、この首相の行動は、いくら政治的な問題だといっても、とても放置できるものではなかったということなのでしょう。

この裁判では原審である控訴審の判断が分かれていました。イングランドに対抗意識のあるスコットランドの控訴審が違法という判断をすることは理解できますし、イングランド・ウエールズの控訴審が政治的問題として判断を回避したこともあり得ることかと思います。ですが、最高裁が堂々と全員一致で違法判決を出したことは驚きでした。

憲法の観点からおもしろいと思ったのは、今回、イギリス最高裁は、議会の「憲法上」の機能を行使する権限を妨げたから、「違法」だと判断している点です。違憲(unconstitutional)ではなく違法(unlawful)と判断しているのです。イギリスには成文憲法がないことは皆さんも知っているかと思います。そして、議会中心で近代立憲主義が確立していきましたから、議会に対する信頼も強く、裁判所に明確な違憲審査権の行使を認めてきませんでした。

そもそもブレア政権による2005年の憲法改革法ができるまでイギリスには最高裁判所がありませんでした。それまでは議会の貴族院に所属する議員(貴族)たちが最上級審としての裁判を行ってきたのです。この法官貴族のトップは、大法官(Lord Chancellor)と呼ばれ、貴族院議長であると同時に、日本でいえば最高裁長官であり、なんと司法省を所管する法務大臣として内閣の主要メンバーでもありました。貴族院議長が最高裁長官になり内閣の中で法務大臣も務める。立法・司法・行政がみごとに一体化していて、権力分立はどこにいったのかとびっくりするような権力の集中です。大法官の官職は1068年からあるそうで、誰がその地位に就いたかの記録も残っています。まさに貴族の国イギリスの面目躍如です。

もともとイギリスの貴族院は民選の下院の暴走をチェックするために存在していますが、さらに下院へのカウンターバランスとして、貴族院に事後的なチェック機関としての最高裁の役割を持たせてきたわけです。最高裁が貴族院から独立しても、政治に対するカウンターとしての機能は同じように持ち続けているということです。

EU加盟国となったイギリスは、制度としての司法権の独立やEU法と無縁ではいられなくなり、1998年制定の人権法によって、イギリス議会が作った法律がEU人権規定に適合しているか否かを判断する権限が与えられるようになりました。イギリス憲法に適合するか否かではなく、いきなりEU人権規定に適合するか否かの判断が可能になっている点が興味深いところです。大陸法系で成文法主義のEUと英米法系で判例法主義のイギリスが法制度の上で一体化するというEUの理想は相当な困難を伴うことは容易に想像できます。それでもこれまで、なんとか摺り合わせてきたのです。

今回のイギリス最高裁の判断は、憲法上の基本原理を指摘し、そこで認められる憲法上の機能を阻害するから違法としています。イギリスでは明確な違憲審査権がなくても、議会が憲法に反する法律を作るはずはないし、仮に作ったとしてもそれを国民が許すはずがないという民主主義への信頼が依然として維持されているようです。選挙という民主政の過程によって憲法価値を護ることができると考えています。

ただ、そのような民主政の過程では瑕疵を治癒できないとき、たとえば今回のように議会の権限を政府が無視して、議会を開催しないなどというときには、裁判所が積極的に介入してそれは憲法原理に反するから違法で許されないと明確な判断を言い渡すのです。

国民がしっかりと政府を監視しているからこそ、政治的問題については裁判所は介入しないといえるし、議会が監視機能を発揮できないような政府の暴走については、裁判所も政治問題だとして介入を控えることをしないのです。

今、私は日本で憲法53条訴訟というものをやっています。2017年6月にモリカケ問題を追及しようとして野党議員が政府に臨時会の招集を要求したにもかかわらず、政府はこれを無視し98日間放置したあげくに開催したと思ったら審議を行わず、冒頭で解散してしまいました。これは憲法53条違反で許されないとして国会議員を原告にして争っています。憲法53条は「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と規定しています。「その召集を決定しなければならない」という文言は明らかに法的義務を規定したものといえますが、政府はこれを政治的義務に過ぎないとか、統治行為論や裁量論を理由にこの問題について裁判所は判断できないなどと主張しています。

この規定の趣旨は、国会の少数派であっても内閣を監視・監督するために国会を召集することができるという国会の重要な行政監視機能を実効化するところにあります。国会議員から召集要求があったにもかかわらず、これを内閣が無視して国会を開かせないということは、まさに憲法が予定する国会の行政監視機能を阻害するもので明らかに違憲です。

さて、イギリス最高裁は明確な違法判決を出しました。日本の裁判所はどのような判断をするでしょうか。日本の権力分立は機能しているのでしょうか。日本の司法の独立性と気概が試されることになります。

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