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2016年8月 3日 (水)

第252回 命の価値

自民党の改憲草案は、個人の尊重を否定しています(13条)。かけがえのない個人として尊重することを否定するということは、個人を取り替えがきく道具のように使うことを肯定し、何かの役に立たない人間の尊厳を尊重しなくてもいいという考えにつながります。

人間の尊厳という言葉は多義的ですが、私は人間の道具化の否定がその重要な内容だと思っています。人間を何かの道具として利用しない。例えば会社の利益追求のための手段として低賃金で酷使したり、医学の進歩のための人体実験に利用したり、国を守るための手段として国民の命を利用したりはしないということです。

これは1人ひとりの個人は何かの役に立つから存在する価値があるのではなく、そこに命があること自体に価値があるということを意味します。寝たきりになってしまったら価値がないのか。障害のために通常の仕事につけなければ価値がないのか。そんなことはありません。誰もがそこに命がある限り、かけがえのない個人として尊重されるだけの価値がある。個人の価値は誰かが優劣をつけて決められるものではないのです。

相模原市の障がい者施設殺傷事件をきっかけに、ヘイトクライムや優生思想が批判されています。話題にすることもつらい悲惨な事件ですが、被疑者は、生産能力のない人は国家や社会の敵であり、そうした人を抹殺することは社会的正義だとみていたようです。これを組織的に実行したのがヒトラーでした。ヒトラーは政権を取った後に、「人には生来の差があること」を学校、看護学校、病院、役所で周知徹底させます。そこでは、重度の心身障害者や「反社会的分子」(ロマ、労働忌避者、同性愛者、常習犯罪者など)への介護・福祉は公の幸福と利益に反するものとされました。その後、安楽死殺害政策が実施され、不治の患者、遺伝病患者、心身障害者など、国の戦争遂行に支障をきたすとみなした者を組織的に抹殺する作戦が実行されます。ドイツ国内だけでも21万6000人が犠牲になったと言われます。ここで培われた殺人技術がユダヤ人等の大量虐殺へと引き継がれていきました。生きるに値する命と値しない命を国家が区別したのです。

これらは異常な人間の異常な行動なのでしょうか。そうではないように思われます。1999年に石原慎太郎東京都知事は障がい者施設を訪れて、「ああいう人って人格があるのかね」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」と発言しています。国民から絶大な人気のあった政治家です。国民はこうした発言を許し、こうした人物を評価しています。実は自分の中の本音と共鳴するところがあるからではないでしょうか。

事件後、「生きる権利は平等」「人の命は同じように大切」といった識者の言葉や「かけがえのない命」「命は重い」という命の大切さを語る言葉を多く目にしました。そのとおりと思いながらも、違和感も覚えました。圧倒的多数の国民が、死刑という国家による殺人を合法化することに共感し、安保法制に基づく武力行使という殺人は許容しています。現在、世界で頻発するテロも、特定の属性を持つ集団への憎悪が生む犯罪(ヘイトクライム)です。テロによる殺人は正義だと確信して行われます。テロを非難しつつ、テロリストを殲滅する殺人は歓迎しています。

このダブルスタンダードはいったい何なのでしょうか。守るべき命と殺してしまってもいい命があることを認めている。価値ある命と価値なき命を区別する。あとはその区別を誰がどんな基準で判断するかが問題になるだけです。

今回の事件を特異な者による不幸な出来事で終わらせてはなりません。人の命や個人の存在を、何かの役に立つか否か、何かができるか否か、国家や社会に貢献するか否か、といった効率、目的適合性、利用価値によって区別し価値序列をつけること自体を否定しなければ、本質的な問題解決になりません。犯罪ですから、犯人は責任能力さえあれば、刑事責任を問われます。ですが、犯罪の原因は犯人個人にあるだけではありません。社会政策は最良の刑事政策であると言われるとおり、貧困、格差、差別を許す風潮など社会の問題を根本から変えていかないとこうした事件を根絶することはできません。

世界から戦争がなくなることはないのだから、平和のためには武力行使という名の殺人もやむを得ないという考えは、社会の役に立たない命は尊重しなくてもよいという発想につながります。私はそうした考えに与したくありません。そうした考えにつながる改憲にも反対の声を挙げ続けます。

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