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2019年6月 3日 (月)

第286回 公益

旧優生保護法の下で不妊手術を強制された原告らが国家賠償を求めた訴訟で、仙台地裁は5月28日に、この法律は幸福追求権などを規定した憲法13条に違反し無効と判断したのですが、国賠請求については20年の除斥期間経過を理由に請求棄却しました。全国で提訴されている同種事件の最初の判決です。

子どもを産み育てることを自己決定する権利(リプロダクティブ権)は憲法13条で保障されているところ、強制不妊手術はこの権利を一方的に奪うものだという原告らの主張に対して、被告国は、国が賠償責任を負うことはないので違憲かどうかは主要な論点ではなく認否する必要はないと、憲法判断に向き合おうとしませんでした。この点について裁判所が原告の主張を認めて、憲法判断に踏み込んだ点では評価できるのですが、除斥期間の壁に司法による救済を阻まれた原告の落胆は大きいのではないかと推察します。

そもそもこの旧優生保護法とはどんなものだったのでしょうか。優生政策というとナチスを思い起こします。ヒトラーは「我が闘争」の中で次のように述べています。「民族主義国家は、人種の純粋保持に努めなければならない。…ただ健康な者だけが子どもを生むべきで、自分に病気や欠陥があるにもかかわらず子どもをつくるのはただの恥辱であり、これを諦めることこそが栄誉である。…身体的にも精神的にも不健康で、価値なき者は、その苦悩を自分の子どもの身体に伝えてはならない。」

こうした方針の下で、1933年7月には強制断種法(遺伝病子孫予防法)が制定され、精神、身体に関わる8つの疾患と重度アルコール依存症を法定遺伝病とし、患者への強制断種を認め約40万人が犠牲になりました。ヒトラー政権の優生政策の原点になります。その後、「人には生来の差があること」が学校、看護学校、病院、役所で周知徹底され、重度の心身障害者や「反社会的分子」(ロマ、労働忌避者、同性愛者、常習犯罪者など)への介護・福祉は公の幸福と利益に反するものと教え込まれることになります。

そして、1935年10月には結婚健康法制定という美しい名称の法律の下で、精神障害を罹患し、民族共同体の観点から結婚が望まれない者の結婚が禁じられます。それが1939年8月の安楽死殺害政策へと展開していき、最終的には不治の患者、遺伝病患者、心身障害者など国の戦争遂行に支障をきたすとみなした者を組織的に抹殺することになり、精神科医の協力のもとドイツ国内だけでも21万6000人が犠牲になりました。ここで培われた殺人技術がホロコーストへ引き継がれるのですが、まさに戦争は差別とともにやってくるのです。

第二次世界大戦中、ドイツと同盟国だった日本にも国民優生法という法律はあったのですが、戦時下では「産めよ増やせよ」という人口増加政策がとられ、優生手術はそれほど多くなかったようです。それが、戦地からの引き揚げ者による爆発的な人口増加や食糧危機、住宅難などの社会問題から過剰人口抑制策に転換します。憲法制定後の国会において、母体の生命健康の保護とともに不良な子孫の出生防止による文化国家建設に寄与することを立法目的として掲げた優生保護法案が提出されます。その後超党派の議員立法として成立しますが、その立法過程では、強制不妊手術は、「社会生活をいたします上に、甚だしく不適応な者とか、或いは生きていくことが第三者から見ても極めて悲惨な状況を呈する者」に対して行うもので社会公共の立場から公益のためになされるものと強調されます。一見すると自己決定権よりもパターナリスティックな配慮を重視しただけとも思えますが、そうではないようです。国家再建のために民族逆淘汰(劣悪な者が増えると国民全体の質が低下するので劣等者の増加を防ぐこと)こそが公益として捉えられていたのです。

旧優生保護法には当時の国民の多数意思が反映していたといえます。こうして国民の意思は民主政の過程を通じて政治部門によって国政に反映することになっていますが、そこで配慮されなかった少数者の人権を保障する観点から、裁判所が一種の政策形成機能を果たすものが憲法81条の違憲審査権です。国家賠償請求訴訟の中で、ある政策の違憲性が明確にされることによって、国民の多数意思によっては救済されなかった少数者の人権が回復するのです。

成年被後見人は2013年3月14日の東京地裁違憲判決を契機に法改正されるまで選挙権が否定されていました。選挙権の行使にも一定の能力が必要だということが理由とされていたようです。しかし、政治的判断能力の有無を国家が判断することは許されるべきではありません。

憲法では自己決定権という人権の重要性を学びます。子供を産むかどうかも個人の人格的生存に関わる重要な私的事項といえますから、憲法が保障する自己決定権の一内容です。では、こうした権利行使がおぼつかないような自律的判断能力に欠けるとされた弱者はどうすればよいのでしょうか。自己決定権は自己決定能力を前提とするから自己決定能力のない者に自己決定権は認められず、社会や国が本人のためにそれを判断するということになるのでしょうか。それを公益という名の下に許してよいのでしょうか。

こうした困難な問題もありますが、少なくとも本人の意思を無視して不妊手術を強制することは違憲違法です。今回の仙台地裁の判決も違憲であることは認めましたが、国賠請求そのものは除斥期間を理由に棄却しました。

そもそも国家賠償は公務員の不法行為に関しては、その雇い主である国民全体が負担することが公平だということで税金から賠償金が支払われるものです。国が賠償金を支払うことによって国民も、自らが主権者として運営している国がこんな違法行為をしたのだと認識するとともに、被害を受けた少数者の視点から主権者として国家のあるべき姿を改めることができます。

権利関係を速やかに確定するための除斥期間経過を理由に損害賠償を否定することは、時効と違い理不尽な思いが残ります。改正前の民法を勉強してきた人ならば、時効と除斥期間の違いは基本的知識として理解しているはずです。援用不要で中断・停止、遡及効もなく、権利の上に眠っているわけでなくても権利行使が否定されてしまいます。だからこそ、これまでも不法行為に関しては権利救済の観点から、例外的に時効の停止規定を類推したり、起算点を再考したりする工夫によって理不尽な結果を避ける解釈がとられてきました。そうした経緯もあって、判例で除斥期間とされてきた民法724条後段の20年の期間制限を今回の民法改正で消滅時効に変更したのです。

もちろん、法的安定性と具体的妥当性の調整は困難な問題ですし、事案によって事情も異なることは十分に承知しています。それでも今回は原告らを救済するために除斥期間についての解釈を展開する余地があったと思います。そもそも除斥期間の制度は、相手方の保護、取引関係者の法的地位の安定、その他公益上の必要から一定期間の経過によって法律関係を確定させるために、権利の存続期間を画一的に定めるものですが、今回は相手方は国であり、違憲の不法行為をしたと認定している以上は、これらの趣旨はあてはまりません。損害賠償を否定することが公益に適うとも思えません。

この判決の前日には布川事件で冤罪を生み出す捜査をした警察、検察による証拠のねつ造、隠蔽、偽証などの違法行為に関して国家賠償が認められました。50年も前の違法捜査に関する国賠請求です。判決は「除斥期間」の起点は違法行為があった時点ではなく、「再審による無罪判決が確定した時」であるとして原告を救済しました。次のように理由を述べています。  「このような場合に除斥期間の進行を認めることは、再審による無罪判決の確定までに長時間を要した冤罪の被害者にとって著しく酷であるし、また、国や公共団体としても、上記損害の性質からみて、違法行為の時から相当の期間が経過した後に損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられるからである。」

結局は裁判所が原告の被害をどこまで甚大なものと認識し、国民全体で負担することが公平と考えるかにかかっているようです。法律を違憲として憲法秩序を回復する憲法保障と、当事者の救済をはかる私権保障のどちらも裁判所の重要な機能なのですから、裁判官には正しくその権力を行使してほしいと思います。そして今の日本社会に必要な公益とは何かをしっかりと意識して職権を行使してほしいと願っています。

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