真の法律家・行政官を育成する 「伊藤塾」 株式会社 法学館

伊藤塾携帯サイトからでも
ご覧になれます!

2017年8月 1日 (火)

第264回 イメージ戦略

先日、15年目を迎えた「青年劇場の俳優たちによる朗読 平和へのメッセージ」の舞台に行ってきました。声から受ける印象、声のメッセージ力は甚大です。先日亡くなった元自衛官の泥憲和さんの街頭演説の再現から始まり、最後の江藤文夫さんの「平和の思想について」まで豊かで力強い舞台でした。第2部冒頭では、私が書いた絵本「あなたこそたからもの」※1も取り上げていただき、素晴らしい演出によりまったく新しい作品に仕上がっていました。

舞台では、「茶色の朝」※2 も演じられました。2003年に発行された絵本です。10年以上前に初めて読んだときには衝撃を受けましたが、まさかこの絵本がこんなに身近に感じられる時がくるとは、思っていませんでした。最近、再び注目されているようです。これは、フランスで出版されたフランク・パヴロフの物語を翻訳し素敵な絵をつけて、さらに私の尊敬する高橋哲哉東大教授のわかりやすくて深いメッセージを加えたすばらしい絵本です。すべてが茶色だけになってしまう物語ですが、フランスでは茶色はナチスを連想させる色だそうです。戦前のようにお上に従っていれば大丈夫と思っていたら大間違いだったという反省はどこの国にもあるようです。

『「妙な感じ」があるからといって、「すっきりしないこと」が残るからといって、あえて流れに「抵抗」して「ごたごた」に巻き込まれるより、「おとなしくしている」ほうが得策だ。自分には「仕事」があるし、「毎日やらなきゃならないこまごましたこと」も多いのだから、「面倒なこと」にかかわりあっている暇はない・・・。「茶色の朝」は、私たちの誰もが持っている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描きだしてくれています。』

(高橋哲哉メッセージより)

そういえば、昨年、欅坂46の「サイレントマジョリティー」がヒットしました。

「君は君らしく 生きていく自由があるんだ」「声をあげない者たちは賛成している」「選べることが大事なんだ 人に任せるな」 「行動をしなければ NOと伝わらない」

こうした秋元康さんのメッセージの力強さは日本の芸能界では秀逸でした。批判もありますが、これを安保法制強行採決の翌年、初めての18歳選挙権行使の機会の前に10代の女子に歌わせるのですから、すごいことです。

ちなみに、「サイレントマジョリティー」のMVで使われているのは渋谷の工事現場です。そして最後にメンバーが横一列に並んでいるのが、伊藤塾がある桜丘の桜並木の坂道です。その一番奥左に伊藤塾があります。秋元さんの歌詞と私がいつも言っていることの偶然の一致は、伊藤塾のイメージ戦略に使えるといいのになあというのは、不謹慎でしょうか。

秋元さんは2016年のハロウィンイベントでメンバーにナチスの制服を連想させる衣装を着せたことで、批判されました。少し前にホリエモンもヒトラーが「NO WAR」と叫んでいるようなTシャツを着てNHKに出演して批判されました。どちらも本来のメッセージがうまく伝わらなかったようです。表現の自由との関係では考えさせられます。ヒトラーは大衆操作、印象操作の達人でした。知性や理性とは無縁とも思えますが、人の感情に訴えかけて目的を達成しようとする、その手段としては極めて効果的です。自衛隊を憲法に書き込む9条加憲論も、「災害救助で頑張っている自衛隊を違憲というなんてかわいそう」という感情論によるイメージ戦略で国民の同意を得ようとしているのは明らかです。

先日、最高裁で行われた一人一票裁判の弁論で、国側の代理人が、驚くような弁論をしました。「介護施設などが経営上維持できず、存在しないような過疎地に居住する高齢者の方々の悩み、たとえば日々の食料等の生活必需品の入手手段をどのように確保するのか…といった悩みは、国民の多数の意見に従って、介護施設の数を増やし、介護職員の待遇を良くしても、何ら解消されるものではありません。」だから参議院の選挙制度について国会に裁量があるので違憲ではないというのです。まったく論理になっていません。単に感情に訴えかけようとしているのかもしれませんが、これで最高裁を説得できると考えたのであれば、最高裁もひどく見くびられたものです。

2017/7/19(水)実施 最高裁大法廷 口頭弁論(2016/7/10 参議院選挙 違憲無効訴訟について)
▲2017/7/19(水)実施 最高裁大法廷 口頭弁論(2016/7/10 参議院選挙 違憲無効訴訟について)


司法は知性と理性、そして論理で勝負する場でなければなりません。もちろん、当事者の心に寄り添うことは大前提ですが、法律構成はあくまでも論理でなければならないはずです。権力はあらゆる場でイメージ戦略、印象操作をしてきます。私たちはそれに理性の力で抗うことが必要です。法律家や行政官にとってはそれが仕事です。

芸術の力は偉大です。だからこそ、ファシズムは「知性や芸術の軽視」から始まるのです(雑感6月号参照)。私にはまったく芸術のセンスがないので、司法のルートを通じての多少の知性で声を上げるべく、自らの知の力に、より磨きをかける努力を続けます。

<関連リンク>※amazonにリンクします。 ※1「あなたこそたからもの」  ※2「茶色の朝

伊藤塾ホームページ
Copyright © 伊藤塾/(株)法学館 1996 All Rights Reserved.