第268回 自衛隊の憲法明記

自民党は先の総選挙で自衛隊の明記、教育無償化・充実強化、緊急事態対応、参議院の合区解消の4項目の憲法改正を公約に掲げました。具体的な改憲項目を選挙公約に入れたのは初めてですが、どれも重大な問題であり、十分な国民的議論が必要なものばかりです。

自衛隊の明記は、「違憲の疑いを無くすだけで今と何も変わりません。」ということなら、あまり深い議論は不要と思う人もいるかもしれません。自民党憲法改正推進本部では、具体的な条文案を議論しています。戦争の放棄(9条1項)、戦力の不保持・交戦権の否認(同2項)の条文はそのままにし、そのあとに「前条の規定は、我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織として自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない」という新条項を挿入する案です。

一見、現状を追認するだけのように見えるこの規定には、いくつもの問題点を指摘できます。まず、形式として現在の9条1項、2項に3項を書き加えるという方法をとらずに、9条の2という新たな条文を追加する方法をとっています。これは、「9条には、一切手を付けていません。安心してください。何も変わりませんから。」と言いやすくするためと思われます。ですが、以下に述べるとおり、この国の形が根本から変わってしまいます。

第1に、9条2項は削除されたのも同然となります。自衛隊が戦力にあたろうが、交戦権を行使しようが、この条文によって、「我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織」であると言いさえすれば、9条2項による歯止めは一切なくなります。つまり、「後法が前法を廃す」の原則により、9条2項がこの新たな9条の2によって書き換えられ空文化するのです。ちなみに「「我が国を防衛するための必要最小限度」という評価概念は何の歯止めにもなりません。どこの国でも、軍隊は防衛のため必要最小限度なのであり、いったん憲法に定められれば、普通の軍隊を持つのと変わりなく、まさに戦力の保持を認めることになります。現行憲法では、集団的自衛権は認められていませんが、新条項の下では、我が国の防衛に必要ということで、無限定の集団的自衛権の行使も認められます。これにより自衛隊という名称の「軍隊」を持つことになります。

第2に、初めての国民投票によって承認された国家機関が自衛隊ということになり、極めて強い民主的正統性が与えられることになります。これまで主権者たる国民が行ってきた選挙による間接的な意思表示ではなく、国民投票による国民の直接の意思で認められた組織が、警察でも消防でもなく、自衛隊となるのです。この民意を根拠に、自衛隊の活動範囲が広がり、防衛費が増加し、軍需産業が育成され、武器輸出が推進されることでしょう。自衛官募集が強化され、国防意識の教育現場での強制が可能となり、学問・技術の協力要請等が強まります。まさに戦前のような高度国防国家へと突き進むことになりそうです。

小中高の教室で制服を着た自衛官が国防や安全保障の授業をしたり、Jアラートが鳴ったときの避難訓練を自衛官が指導したりするようにもなるでしょう。国民の直接の意思によって承認された憲法上の組織なのだからという理由で、こうした事態を誰も批判することができなくなる怖れがあります。批判する人を非国民呼ばわりする風潮も生まれるかもしれません。

自衛隊明記の改憲が、外国にどう受け止められるかも考えておく必要があります(負の宣言的効果)。すなわち、自衛隊明記により、日本は憲法改正して「軍隊」を持ったと認識されます。そのことが、中国や韓国などの近隣アジア諸国、イスラム諸国からどう見られるのでしょうか。私には、「平和国家」というブランドを簡単に放棄していいとも、国民にそのような覚悟があるとも思えません。

第3に、これまで「国防」は憲法上の概念ではありませんでした。ですから、人権制限をする根拠として正面から主張できませんでした。それが「国防」が憲法に明記されることによって、新たな「人権制約の根拠」が生まれることになります。思想良心の自由、表現の自由、学問、信教、ありとあらゆる人権が「国防」を理由に制限されることになります。「国防」の名目で自由が抑圧される国へ変質し、国柄が大きく変わります。もちろん徴兵制も可能になります。憲法18条の「意に反する苦役」も「国防」という憲法上の要請によって制限可能となるからです。

このように新条項は、自衛隊という名の「軍隊」を持てるようにするものであり、9条の実質的な全面廃止です。私達の人権や安全にどれだけの影響があるのか、自衛官の命がどれだけ危険に曝されることになるのか。私たちは、自衛隊が憲法に明記された「後」について、想像力を十分に働かせる必要があります。一人でも多くの国民が、「災害救助で頑張っている自衛隊がかわいそう」などという感情論に流されないでほしいと思っています。そして、ここに指摘したことが杞憂に終わることを心底願っています。