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1996年11月

1996年11月 1日 (金)

第15回 民主主義

 1947年4月、戦後初かつ日本史上初めての自由な選挙である第23回総選挙において、日本国民は社会党を第一党に選び、片山内閣が成立した(社会143、自由131、民主124、国民共同31、共産4、諸派20、無所属13)。このとき日本国民は何を政治に託そうとしたのであろうか。

 私の尊敬する羽仁五郎氏の論文に次のような内容のものがある。「敗戦のせめてものなぐさめは、この機会に日本が真に民主主義の平和の文化のうつくしい国となることだった。・・・日本が再び、こうした悲惨を繰り返さないためには、真実の民主主義を確立することよりほかなかった。・・・日本の民主主義化を最後まで妨げているのが、官僚主義である。・・・戦争で人民を殺し、その責任をとらず、かえってさらに人民に対する支配を続けようとしているもの、それが日本の官僚である。」これは1946年に発表された「官僚主義批判」という論文の一部である。
氏はさらに「人民によって養われている権力機構が人民に対し、人民を圧迫し、人民を苦しめる権力機構となるところに、官僚主義の本質があり、本質的な意味における道義の逆転があるのである。われわれ人民が租税を出してやとっている警察署長がわれわれ人民にむかっていばりちらし、人民が租税をもってやしなっている君主を人民がありがたがっておらねばならない、というところに、階級的支配の本質があり、したがって、そこに封建的な支配もあったのである。」と断言し、官僚主義の廃絶は、民主主義の徹底よりほかないとし、この点をあいまいにするものは、ポツダム宣言に対する反逆、日本人民の敵、世界人類の敵である、とまで言い切る。半世紀前に本質を見抜き、これほど激しい言葉で訴える人物がいたことに改めて驚かされる。しかし、にもかかわらず、なぜ、いままでこの体質を変えることができなかったのか。

 官僚の判断に異論があって裁判所に訴えたとしても、裁判所ですら裁量論を持ち出して消極的になり、行政の判断を尊重してしまう。公共料金について文句があっても訴訟手続上、誰もなにも言えない。そもそも裁判所自体も官僚組織である。このように、国民が官僚を相手に争う道は事実上閉ざされている。正当な批判が聞き入れられない社会は民主主義社会ではない。さらに、国民の意識も節操がない。薬害HIV問題や住専で官僚主義を批判しておきながら、オウムでは警察権力の逸脱を許し、食中毒が出れば行政の管理が甘いと行政に頼る。こうして現在まで何一つ変わらず。今回の選挙においても、行政改革と称して官僚主義にメスを入れることがひとつの争点となっているがどうなることか。

 今回、新たな選挙制度のもとで、国民は自らの選択を迫られる。

 羽仁氏が真の指導者かどうかの見分け方について書いている。第一。彼には原則があるか。第二。その原則をいかなる場合も矛盾なく主張しているか。第三。その原則によってはっきりしたみとおしをもっているか。この三点で真偽を判断できるとのことである。