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1997年3月

1997年3月 1日 (土)

第19回 今を生きる

 巻頭からつらい話題で恐縮ですが、私たちの塾の一期生の方が昨年末に亡くなりました。

 最後まで欠席カセットを聴いて勉強されていたようです。まだ現役の学生でした。彼は、合格してからどんな法律家になりたかったのでしょうか。どのような夢をもって大学に入り、日々の勉強に励んできたのでしょうか。きっと合格して多くの人の役にたちたいと願っていたにちがいありません。志なかばで倒れた彼の無念さを思うととてもつらい。

 もう一人、明日の法律家講座で講演をしていただいた平井憲夫さんがやはり年末に亡くなりました。原発の危険性を訴え続け、自ら原発の影響で体中ガンにおかされながらも、全国の原発労働者の方々のために文字どおり命を削って奮闘されていました。

 講演の際も私たちに事実を知ることの重要性を思い知らせてくださいました。まだまだ、ご活躍していただかなければならなかった方で本当に残念でなりません。

 こうしてみると人の命など本当にはかないものです。いつ、ろうそくの火のようにふっと消えてしまうかわからない。どんなに頑張ってみても人は必ず死にます。誰もが自らの死と向かい合わなければなりません。こうして人の死に直面したとき、死がすべての終わりなのではなく、新たな始まりであってほしいと願わざるを得ません。彼らの魂がどこへいくのか、私は特定の宗教を信奉しているわけではありませんからわかりません。ですが、彼らの命が私たちに、少なくとも私に大きな影響を与えていることは確かです。彼らの魂が私たちに何かを託していった。それをうけとめて彼らの遺志を懸命に受け継いでいきたいと思います。そして、今の自分はどこまで真剣に日々をすごし自らの命を大切にしているだろうか。自分のやるべきことをこなして責任を果たしているだろうか。一瞬一瞬に感謝して懸命に生きているだろうかと自分に問いかけます。

 心で感じ、心で想い、心で行動することができるように自らの魂を鍛え上げているだろうか。
前にもお話ししたように私は、人には誰でも生まれたときから託された使命があると思っています。必ず意味があってこの世に生まれてきたと信じています。それを見つけ、実践するために私たちは日々、懸命に生きていかなければなりません。未来は今という時間の積み重ねで創り上げられます。私はよく、明日の自分は今日の自分が創るといっています。そして、社会は個人の意志の総和でしかありえません。ですから、実は明日の日本や地球も私たちがどうしたいと考えるのか、今どう行動したかによって決まってくるのです。けっして人から与えられるものではありません。

 志なかばで逝った多くの方々の遺志を受け継いで私たちは自分たちの意志で未来を創りあげていく責任があると感じています。

 お二人のご冥福をお祈りいたします。