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1997年9月

1997年9月 1日 (月)

第25回 無意識の自分

 前回、私のストレスマネージメントの話をしました。あそこでお話できなかったことがひとつあります。それは無意識の力です。また、妙なことを言い出したなと思われる方もいるかもしれませんが、最近カウンセリングをしているとあがり症の相談が多いのです。択一や論文の本試験であがってしまうというのです。本当に実力がある方だけに残念です。口述前でもありますしこの機会に少しお話をしておきます。

 こうしたあがり症の方には、たいてい、あがってしまう自分を受け入れることです、とアドヴァイスすることが多いのですが、うまく伝わらないとかえってつらくさせてしまいます。というのは、今まではあがってしまう自分がいやだっただけなのですが、今度はそれに「あがってもいいんだ」と思いこむことすらできない自分が加わるのです。これでは苦痛が増えただけです。

 私は今まで自分を受け入れるということを話してきたことがあります。

 しかし、これも意識すればするほど「自分を受け入れなければいけない」と自分を縛ってしまい、それから逃れられなくなってさらに苦しんでしまうことがあります。

 それは懸命なやり方ではありません。実は私もここ一番という重要なときにあがってしまうことがありました。このとおりのええかっこしいですから、うまくやらなければならないとつい意識してしまうのです。そこで、自分を変えるように決意しました。

 しかし、意識の世界でどんなに頑張っても無意識の自分が本当にそう思っていないと自分をコントロールできないことに気づきました。自分を受け入れるというのは、心の底から自分を受け入れるということであり、これは無意識の世界でも自分を肯定することを意味します。無意識の自分に意識的にそう思ってもらうのですから、まるで「過失の共同正犯」みたいなものでそう簡単ではありません。しかし、無意識の世界の自分にも総てを受け入れることがよいことだという選択肢を認識させてあげればよいことがわかりました。それはあがらなくてもやっていける、あがっても別に何も変わらないし大丈夫ということを無意識の自分に体験してもらうのです。目をつぶって身体の力を抜いて自分が一番リラックスできる姿勢をとって、目を閉じて深呼吸します。そして、自分があがらずにうまくやっている姿をイメージします。そしてそれを楽しみます。無意識の自分にそれでもやっていけるということをわかってもらいます。このとき、なんとかしなくちゃいけないと思う必要はありません。リラックスした状態でうまくやっている自分を楽しんでもらえばいいのです。そうして無意識の自分にその体験をしてもらえばいいだけです。

 無意識の自分は必ず本人にとって一番いい選択肢をとっていくと言われます。どんなに自分でいやだと思うような考えや行動様式も、無意識の自分がこれでよしと決断した結果なのです。ですからそれを受け入れればいいのですが、その無意識の自分の選択の余地を広げてやることで、より安心してその決断に任せられるようになります。

 そしてこうして選択肢を広げることは自分にもできるのです。これが自分の性格を変えるということです。無理に意識的にこうなりたい、こうなるべきだと意識の世界で努力してもなかなか変わるものではありません。むしろ無意識の選択の余地を広げてあげて、あとは無意識の自分を信頼してあげることです。

 無意識の自分も自分なのですから、嫌いにならずに仲良くつき合ってあげることです。