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1998年3月

1998年3月 1日 (日)

第31回 合格への確信

 この試験に合格するためには、「現実には難しいのでは」ということを心のすみに少しでも考えていてはいけません。まわりからあきれられるくらいに自分自身で「できる」と信じていくことが必要です。しかし、これはそう簡単なことではありません。

 最近、合格者の講演を聴く機会が何度かありました。
 そのときに多くの合格者の方が「迷わないこと」という話をされていました。勉強方法ひとつとっても自分が選んだものなのだから迷わないということです。

 択一試験が近づいてくると、この勉強方法でいいのだろうか、このままで受かるのだろうかという迷いが生じがちです。

 そんなときに「大丈夫だよ」と言われても空しく聞こえるだけという経験はありませんか。

 人は他人の決めたことには決して従わない習性があります。自分の納得しないことは無意識のうちに排除し、それを心から受け入れることはできないのです。

 よって、あるメッセージが人から与えられたとしても、納得でき自分のものになっていないとそれに従うことはできません。迷うのです。

 それでは自分が納得し受け入れられるとはどんなことなのでしょうか。

 それは自分の原理原則に合致しているということです。

 人はものの見方によって生きています。さまざまな価値観や原理原則のフィルターを通して事実やあるべき姿を評価し、その中で生きています。虚心坦懐にものを見ているつもりでも、そこには自分のフィルターがかかっています。そしてそのフィルターを通過したものしか心に届きません。

 「大丈夫、合格できるよ」と言われて心からそう思えないのは、今のままの自分が合格することを心から喜べないからです。自分の思うとおりに計画もこなせなくて、怠けてしまっている、そんな自分が受かってはいけないと無意識のフィルターが拒絶しているのです。

 皆、同じ授業を聴いているのになぜ結果の違いがでるのでしょうか。それは聴いていることの意味、勉強していることの自分にとっての意味付けが一人ひとりで違っているからです。

 もう一度、自分の原理原則を確認してください。なんのためにこの勉強を始めましたか。

 皆さんが試験に合格することがどれだけの意味があるか、それを自覚できたら、そしてそれが皆さんの原理原則に合致したら、怠けたいという感情をも目的意識によって克服できると思います。

 自分自身の本心からの欲求にかなうことなら、素直な気持ちであらゆることを受け入れられるでしょう。もちろん、合格も自分自身の心からの声として確信できるはずです。