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1998年11月

1998年11月 1日 (日)

第39回 学びの秋

 人はどんなときに成長するのでしょうか。
 自分よりすぐれた人間に感化されたとき。
 学ぼうと謙虚になったとき。
 自分の人生を自分で切り開こうと決意したとき。
 試練に負けずに乗り越えたとき。
 そのひとつに自分を相対化できたときとがある思っています。
 自分を相対化するというのは自分を客観視することと言ってもいいかもしれません。
 様々なことを教えてくれる人がまわりにどれだけいるかはとても重要なことです。
 皆さんは法律家になります。
 そのときに、どうしても周りから持ち上げられます。
 合格したとたんに神様のように祭り上げられて人格が変わってしまう人も少なくありません。
 しかし、こうしてまわりからちやほやされながらもいかに自分を相対化できるかはその人のその後の人生を左右するくらい重要なことだと思っています。
 ある場面では先輩であっても、別の場面ではまったくの後輩で教えを請わなければならないことが世の中には無数にあります。そのことを意識するか否かで人間力の成長のスピードは違ってくるような気がします。

 それでは、自分を相対化する訓練はどのようにしたらいいのでしょうか。
 松下村塾の吉田寅次郎があれだけの人材を世に送り出すことができたのは、彼が人の長所を見つける達人だったからだという話を読んだことがあります。
 自分が藩第一の秀才であっても人の長所ばかりをいっていたというのです。
 人の長所を見つけるには、自分を捨てなければ目が曇ります。
 司馬遼太郎氏はそのためには心が優しくないとだめだと言っています。

 その相手を心優しく眺めてみれば、あのことについては自分は及ばないとよくわかってくるはずだということです。私も寅次郎や司馬氏には遥かに及びませんが、心優しく人の長所を見れるようになりたいものだと思っています。

 大変に頭のいい人でも人の悪口ばかりを言っている人がいます。確かに頭がよければ人の欠点も目につくでしょう。しかし、そこで心を優しくして人の長所をみれるようになればさらに大きく成長できるのになあと少し残念に思います。

 試験に合格した人も残念だった人も、答練でいい成績をとった人も失敗した人も、仕事が順調な人も悩みを抱えている人もみな、まわりの人を優しい心で長所を見る目をもてば、いろいろなものが見えてくると思います。

 そして、長所をみるために自分を相対化せざるをえませんから、その訓練の場も与えてもらっていることになります。それによってさらに自分も成長できるのですから、こんなにうまい話はありません。

 今日はあなたの家族や友人の長所をひとつ見つけて教えてあげてください。きっと、いいことがありますよ。