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1999年3月

1999年3月 1日 (月)

第43回 人の幸せ

皆さんは、合格体験記を読んでどんな気持ちになりますか。

「すごいなあ。うらやましいなあ。自分もこんな風に合格したいなあ。」
「彼もやっぱりこんなに頑張っていたんだ。」
「学歴が違うよ。」「年齢が違いすぎて参考にならない。」
「他人の成功なんておもしろくないよ。だから絶対に体験記なんて読まない。」
「伊藤真のいうとおりに勉強したのに自分は落ちたよ。あれはインチキだ。」

昔に比べて段々と感想が違ってきている自分に気づいた人はいませんか。
昔はもっと素直に読めたのに、今はなんだか、くやしいような、うらやましいような。
始めから自分とは違うんだと諦めたような、そんな読み方をしている人はいませんか。
まあ、100人いれば100とおりの感想があって当然でしょう。
ですが、こうしたときの反応でも人の個性は出るものです。
前向きに自分の勉強の参考にしようと必死になってマーカーをひいて読んでいる人もたくさんいます。

素直になりたいものです。

人の合格体験記は確かに自分の失敗や努力の不十分さを思い起こさせます。
どうしても比較してしまいます。そして安心したり不安になったりです。
そんな心の動揺がいやで読まないという気持ちもよくわかります。
ですが、自分の現在の姿はいくら体験記を避けても事実であることに変わりはありません。そして、彼ら彼女らが合格したことも事実です。
人には誰でも自分を傷つけたくないという自己防衛本能があります。
自分を傷つけるものを遠ざけたいと考えることは当然ですし、非難されるようなことではありません。学歴や年齢のせいにしたい気持ちもよくわかります。
しかし、他方で理性的にならなければならない場合もあります。
いやなこととわかっていても、受けとめなければならないこともあります。
事実を受け入れてそれを自分のものにしていくということはこれから皆さんに一生ついてまわります。
法律家は裁判所で力量が試されます。結果がでます。
敗訴や誤判をしたときに当事者や事件のせいにすることは誰にでもできます。
自分の失敗事例にふたをして振り返らないようにすることもできます。
しかし、それでは進歩はありません。
いやなことに正面から立ち向かう勇気がなくてどうして法律家などやっていられましょう。
人の話をまず正直に聴けなくて法律家がつとまるのでしょうか。
まずは、自分にないものを持っていたから合格したんだという事実を受けとめ、謙虚に学ぶ気持ちをもつことが大切です。
そして、人の成功を素直に喜ぶ気持ちも大切な気がします。
体験記の中にも小さな感動はたくさんあります。
素直な感動は、よりよく生きるために必要なことではないでしょうか。
逞しく生きる、強く生きるということは、こうした些細な感動を大切にしてしなやかに生きるということを意味すると思うからです。

皆さんは人の幸せを素直に喜べますか。