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1999年9月

1999年9月 1日 (水)

第49回 歴史の意味

 アウシュビッツほかのいくつかの強制収容所をポーランド人の案内でドイツ人とともに見学に行きました。私たちの前で生存者の方が修学旅行と思われるイスラエルの子どもたちに当時の悲惨な体験を語っていました。

ユダヤ人
 私はこの強制収容所の生き残りです。ここまで、ワルシャワのゲットーからユダヤ人輸送用に作られた貨物駅から貨車に載せられてやってきました。アウシュビッツ2号に作られたホームで選別され、約75%の働けそうもない人たちはそのままガス室に連行されました。私は馬小屋だったこの狭いバラックに1000人の仲間とともに収用され同じユダヤ人の看守に厳しく監視されながら過酷な強制労働を強いられました。ほとんど食料を与えられず衰弱して死んでいく人も入れるとこの収容所だけでも約150万人が殺害されたのです。彼らの髪の毛でドイツの会社は布地などを作って儲けていました…

ポーランド人
 ワルシャワの町は98%を戦争で破壊されたけれど、すべて復元したよ。お金がかかって自分もずいぶん払ったけれど50年も住んでいる自分の町だから誇りもあるし、当然のことさ。ポーランドはここ10年で大きく変わった。どこにでも行けるようになったことが一番うれしい。フランスにもイタリアにもいけるよ。こうして自由に旅行できるだけじゃなくて、やる気さえあれば、いくらでも稼げるんだ。私も家族で運転手兼ガイドをやっているから今は豊かな暮らしができるよ。ワゴン車からベンツのSクラスまでそろえてやっている。昔の方がよかったなんて言うヤツもいるけどそれは怠け者の言葉さ。ポーランドでも子供たちにアウシュビッツの見学をさせるよ。次の世代に伝えるためにはとても重要なことだと思っている。ユダヤ人の子供たちのように国旗をもって廻ったりはしないけれどね。日本人はアウシュビッツというとユダヤ人のことばかりを言うけれども、始めはポーランド人の政治犯が大量に虐殺されていたんだ。明日行く収容所のモニュメントに書いてあるポーランド語はNo more war. Remember what happened.だよ。

ドイツ人
 自分はドイツ人として、自分のやったことではないけれど、責任を感じる。まわりの国からは同じドイツ人として見られるんだからね。確かにこうして虐殺の事実を見て廻るのは気持ちのいいものじゃない。でも過去の歴史は変えられないんだから、事実として受けとめないと新しい関係も作れない。事実をあいまいにしたら絶対にいけないんだ。また、今からほんの10年前まで東独では反体制の人に対して拷問をしたり狂人にするために水牢にいれたりしていた。同じ過ちを繰り返さないためにも、盗聴、密告、拷問国家であったことを資料を整理して公開することは重要なんだ。政治的なことも含めて国民が歴史をきちんと学んでいくことは同じ過ちを二度と繰り返さないためにはとても重要なことだと思っている。

日本人
 数字に争いはあるものの、日本も南京の虐殺や人体実験など様々な非人間的行為をやってきた。でもその事実を否定する人もいるくらい現代史はほとんど勉強しない。膨大なお金をかけて国の過去の恥部をさらけ出し、国民と他国の信頼を得ようとするドイツとは、全く違う方向を向いている気がする。もちろんドイツはしたたかだよ。極めて計算された戦略の下で歴史の清算をやっているんだから。確かに戦争に国際法違反はつきものだし、日本だけが悪いわけはない。でもだからといって事実を曖昧にしていいわけがないよ。あの戦争で日本はけっして間違ってはいなかったと強弁することは代えって国に対する信頼や愛国心を失わせると思う。ドイツ人は自分たちは間違っていたと認める勇気がある国家をきっと誇りに思っているんだろうな。ところで、日本の若者は8月6日や15日に何を考えるんだろう。