« 第50回 旅 | メイン | 第52回 あらたな旅立ち »

1999年11月 1日 (月)

第51回 自信

自信喪失。

何かをやり遂げようとするときにつきものなのがこれです。
なんとかなると思っていたのに。 こんなはずではなかったのに…。 
物事には原因があります。
その事実を冷静に受けとめる気持ちを勇気と言います。 
国家のレベルでも自国の過去をしっかりと受けとめることができた国が勇気のある国です。 
どのような国にも暗い歴史はつきものです。しかもそれをを変えることはできません。しかし、その意味を変えることはできます。そして、初めて将来を語れるのです。こうした手順を踏むと信頼を得ることができます。信頼は決して盲目的なものではないからです。 
世の中に間違いを犯さない完全な存在などありません。 
国家であろうと人間であろうと同じです。 
ですから、本当の信頼は弱点を含むあらゆる事実を受け入れ、過ちを認め、再びそのような過ちを犯さないと決意する勇気に向けられるものなのです。

たとえば、どんなに科学的に起こり得ないと専門家が言っていることでも必ず起こります。 
沈むはずのない船が沈み、落ちるはずのないジェット機が落ち、起こるはずのない臨界事故が起こる。いつの時代もこの繰り返しです。そして、おきまりの文句です。「信頼回復につとめます。」
人間社会のシステムで完全なものなどありえません。ましてや権力の不祥事や腐敗など起こるはずがないと信じる方がどうかしています。これは信頼ではありません。単なる期待にすぎないのです。

本当の信頼とはなんでしょう。

完全だと信じさせることが信頼につながるのではないはずです。
過ちを犯す可能性があると謙虚に認めるところから信頼は始まるのです。
失敗を隠そうとするのではなく、その事実を受け入れ、積極的に対処しようと努力するところに信頼の基礎が生まれるのです。
自分自身を信頼するときもまったく同じだと思います。 
うまくいかなければならないと勝手に自分を枠にはめてしまうと、うまくいかないときにつらいものです。 

こういうときにはべき論ではなく、である論でいくのです。
こうあるべきだったのにと悔やんでみてもしかたがありません。 
今の自分はこうなんだと肯定し受け入れることです。自分という事実はここにひとつしかないのですから。これは否定的な開き直りとは違います。
謙虚に自分の弱点を見つめ、受け入れ、勇気をもってそれに向かうのです。 
そこからしか、本当の自分への信頼は生まれません。
自信とはよいところも悪いところもあらゆる要素を含んだそのままの自分がここに存在することを認め肯定することだからです。
こんな自分ではないはずだと自分を否定したり、人のせいにしている限り、自信は生まれませんし、先に進みません。
逆につらくとも自分自身に向かい合って、素直に何もかも受け入れる勇気を持てば、すべてが変わります。今日の行動を変えることができます。
あとはひたすら努力するだけです。
そうして人は自分を成長させていくことができるのです。
確かにありのままの自分を信じるということはそう簡単ではありません。
しかし、自分の問題であるときにはそれ以外に方法はないのです。
周囲のプレッシャーに負けずに自分自身を生きてください。
誰に期待されるからでもなく、誰のためでもなく、自分自身のために生きてください。 
それで十分に価値のあることです。焦る必要はありません。 
ゆっくりいそげ。Festina Lente!