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2000年4月

2000年4月 1日 (土)

第56回 二者択一

択一試験。もうすぐです。
この試験は五肢択一です。
今回はこの択一という発想について考えてみます。

法律は人間の世界を扱っています。
その人間世界は、択一的に割り切れるものではありません。
なんとか、割り切ろうと努力するもののなかなかうまくいかず、ついぐずぐず悩んでしまうものです。

このまま、試験を続けるべきか、辞めるべきか。会社を辞めるべきか、続けるべきか。どちらかに決めなければいけないことはわかっていながらなんとなく、だらだらと現状維持でいってしまいます。

確かに物事の筋を通すためには、一度は二者択一的な選択方法で問題を考えてみることは有意義です。そして、人生は選択の連続ですから、択一的な選択に長けていると人生をより正しい方向に進むことができるようにも思えます。

皆さんがこうして勉強しているのはまさに司法試験をこの塾で始めようと選択した、その結果にほかなりません。

また、選択できるということは自由があるということもできます。
たとえば、皆さんは、自由な競争社会と平等な規制社会とどちらがいいですか。
独裁の危険はあるが強いリーダーと慎重だけれど意思決定が遅いリーダーとどちらがいいですか。

これらはすべて国民が選択して決めることができる問題です。ということは日本はまだ自由な国だということです。

こうした選択の場面では二者択一的な発想で決断することも必要でしょう。

いかなる決断もリスクを伴うことを自覚するためにあえて二者択一的に考えて自分の基本的なスタンスを決める必要があるからです。

ですが、本当に二者択一的な選択しかできないのでしょうか。


実際の裁判では百パーセント一方当事者が悪いという事例は極めてまれです。

どちらの言い分もそれなりに聴く価値があることが多いものです。

人間社会の紛争は択一的にシロクロをつけることが困難な問題がほとんどだからです。

ところが試験では択一的な思考を求められます。必ず正解をひとつ探し出さなければなりません。そこで、ヘタをすると法律というものがこうして択一的に割り切れるものだと勘違いしてしまう危険性があります。

法律どころか自分の生活や生き方まで択一的に割り切るべきだと考えてしまいかねません。

そもそも人間は矛盾に満ちています。

やさしい気持ちと残酷な心、友達も大事だけれど自分が一番大切、人権問題に取り組みたいけれどお金もほしい、死にそうなほどつらいけど続けたい、等など。

こうした矛盾に満ちた人間をそのまま受け入れることはできないものでしょうか。

パラドクスを許容する。アンビバレンスを許容するということです。

我々は矛盾の中に身をおいて生きていることを自覚できれば、楽になれるような気がします。あえて対立概念をオアではなくアンドでむすんでしまうのです。

もちろん矛盾するものを併存させていくためにはたいへんな努力と思考が必要となるでしょう。でも二者択一の先を求めていきたいのです。

優柔不断では先に進まない。

そこで二者択一的に考えて決断していく。

しかし、本当のところはその先にあって、そうした矛盾をすべて包み込む大きな自分が最終的な到達点ではないかと思っています。

はやくこの進化の過程を一歩前進させたいものです。