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2000年6月

2000年6月 1日 (木)

第58回 見えない現実

 ある人の頭を軽く殴ったら、思いもかけず、その人が死亡してしまったとします。傷害致死罪が成立するでしょうか。自分には思いもかけない結果ですが、実は被害者は特異体質でした。その事情を知らなかった自分にとっては意外な結果になったというだけのことです。被害者の特異体質という基礎事情を知っている家族にとっては意外でも何でもない。当然の結果です。

 最近、思いもかけないような事件がよく起こります。

 17歳の少年たちはどうなってしまったのか。事件を聞いて愕然とするものもあります。
 しかし、誰も見ようとしない現実からすれば、こうした結果は、実は当然のことなのかもしれません。

 どのような出来事もどんなに思いがけない結果も原因があります。その現実を見ようとしないから意外なだけなのです。世の中がここまでになってしまった現実を正面から見たくない大人たちの現実逃避があります。子どもは素直なもので、大人社会の反映、鏡です。それを認めようとしない限り先には進みません。

 こうした社会的な出来事だけでなく、自分の身に信じられない現実を突きつけられた人もいるでしょう。ですが、自分にとって意外なだけであり、客観的にみれば実は必然だったのです。因果の流れを判断する際の基礎事情として取り込むべき事実を自分が認識していなかっただけです。世の中の出来事も自分の身に降りかかることも、客観的には因果関係が認められる事情があるのにその基礎事情に気づいていないだけということが多いのではないのでしょうか。

 ではなぜ、自分はこうした基礎事情に気づかなかったのでしょうか。

そのこと自体にもやはり何か意味があるに違いありません。きっと現実を冷静に直視する訓練が必要だというサインです。

 思いもかけない苦難に直面したときには、相当因果関係を思い出してみましょう。
 自分が基礎事情を知らなかっただけなんだと納得できたら、あとは謙虚に、客観的に見る目を養うだけです。

 試験の直前などで、自分の立っている位置が見えなくなってしまうことがあります。
 緊張のあまり、舞い上がってしまって目の前の試験しか見えなくなってしまうのです。
 そんなときのためにも、客観的に自分を見る訓練をするのです。

 「今、ここに」という時間と空間の中での自分の位置づけを改めて見直してみることが一番です。

 年表と地図帳または地球儀があれば、それを眺めてみましょう。
 人類の長い歴史の中で人々はどのように過ごしてきたか。宇宙が生まれ、地球が生まれ、生物が生まれ、人類が生まれ、文明が生まれ、日本が生まれ、現代という時代が生まれ、そして自分が生まれ、その自分が司法試験の勉強をはじめた。こうした時間の流れを意識すると、長いと思っていた自分の受験勉強期間や自分の不安感などごくわずかな時間でしかないことに気づきます。

 今、宇宙があって、地球があって、アジアがあって、日本があって、町があって、その中に自分がいる。南米の熱帯雨林、スイスアルプス、南太平洋の珊瑚礁、何か自分の気持ちが晴れる景色を想像してみるといいでしょう。今、目の前の受験という世界とは別に、自分の認識の外にもっと大きな世界が広がっていることを実感できると思います。
 意識は常に時空を超えることができるのです。