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2000年12月

2000年12月 1日 (金)

第64回 意外性

人はどれだけのことを人生において予定し、実現できるものなのでしょうか。

皆さんはこれからの人生において何を成し遂げようと考えていますか。
司法試験に合格して法律家になる。それから?
今までの皆さんの人生は予定どおりでしたか?
まったく予定通りにここまで来たという方もいることでしょう。
ですが多くの方のこれまでの人生は紆余曲折があったと思います。
皆さんは旅行をするときに、予定通りにうまく進む方がいいですか。
何かハプニングがある方が楽しいと感じますか。

 昔、カナダのバンクーバーに行った帰りにオーバーブッキングで帰れなくなり、サンフランシスコ、ハワイを経由して大変な思いをして帰ってきたことがあります。荷物が出てこなかったり、ホテルが予約されていなかったり、旅をするといろいろなことが起こるものです。そのときにそれを不幸だと考えるか、おもしろがるか。私は後者にするように心がけています。予定どおりにうまくいったとしても、それは自分の枠の中での楽しさにすぎません。自分の枠という限界があるのです。ところが、予想外のことが起こったときには自分の予想を遥かに越えた現実の中で興味深い経験ができます。人との出会いもそうです。思いもかけない人との出会いは、人生を豊かにします。きっとそれは偶然のように見せかけた必然なのです。出来事はすべて必然と認識すること。これは私の生き方のひとつの原則です。

 予定通りの人生でなくてもかまわない。それはその予定を立てたときの自分の価値観や自分の想像力という限界に枠づけられたものにすぎないからです。そうした殻が破られたところにひょっとしたら人生の楽しみが潜んでいるかもしれません。

 自分の生きてきた道が、大失敗か大成功かそれは死ぬときまでわからない。そんなものではないでしょうか。

 試験の結果なんか意外性そのものです。合格に至るまでにもいろいろなことが起こります。でも、それは皆、自分の人生を豊かなものにしてくれる糧なんだと受け入れることができれば、どんなにか気持ちが楽になることでしょう。
 意外にも受かった、意外にも落ちた。良いじゃないですか。こんな言い方をするのは不謹慎かもしれません。でも、思いもかけないことが起こる、いや起こすのが人間だし、だからこそ進歩も可能性もあるのだと思います。

 「思い」は時空を越えることができます。無限の可能性へと導いてくれます。だから「思い」とそれを実現する力となる「意識」を大切にしなければなりません。ですが、ときとしてその自分の「思い」つまりイマジネーションすら一定の限界があり、無意識のうちに枠にはめられていることがあることも認識しておいていいと思います。自分の身に降り懸かるすべてのことを受け入れる勇気と意外性を楽しむ余裕があれば、そのイマジネーションの限界を越えることができるのではないでしょうか。私はいろんな生き方があっていいと思っています。