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2001年3月

2001年3月 1日 (木)

第67回 感情

 皆さんは最近感動したことがありますか。深い悲しみの涙を流したことはありますか。うれしくて思わず身体が跳ねてしまったなんていうことはありますか。

 私たちは「感情的になってはいけません」と言われ続けてきました。特に法律家はトラブルに理性的に対処しなければならないので、感情を表すことについては最も自己抑制的な職業ともいえます。そのための勉強をしている私たちは往々にして感情を無理に押し殺して頭で考えようとしがちです。理性的であろうと懸命になりがちです。理性的であること自体はとても重要なことです。しかし、皆さんがこれから法律家として活躍する上で、本当に感情を押し殺すことが大切なことなのか、私は疑問に思っています。  これまで日本は文化の中で、感情を表に出さないことを肯定的に扱ってきました。不言実行とか男の涙は見せないとか、感情をストレートに出さないことを美徳としてきた風があります。戦争で夫や子どもを亡くした女性も涙も見せないと気丈であると評価されました。

 しかし、感情は人間同士の相互理解の上で極めて重要なのではないでしょうか。自分の感情を素直に見つめ受けとめ、それを表現することができることは実は価値あることだと思います。人間と人間のコミュニケーションという点において、感情は万国共通であり、国を越えた理解が可能な領域です。その部分で外国の人と感情交流ができるということは、異文化理解の上でも価値あることだと思うのです。 

 理性的であることはもちろん大切なことですが、共感し、相手の立場に立って、想像をめぐらす力は実は人間の根元的な力として重要なものです。感受性があり共感力の高い人間になること。人の喜び、悔しさ、痛みを自分のことのように感じられる共感力を高めようとすることは法律家の大切な素養であると思います。

 私たちは人と人との関係性の中で生きています。人との関係において自分の存在意義を確認することができます。名誉や富、権力も結局は人との関わりではじめて意味を持ちます。その人との関わり方は自分があって相手がいる関係です。つまり、自分が何者かそして、そこでは自分はどう考えたか、自分はどう感じたかが大切なのです。

 この感性を磨くためには、自分にそのような感情を抱かせる人に多く出会うことです。法律家には人間力が必要だと常々話していますが、その人間力を滋養するために一番良い方法が、自分にとって貴重な人と出会い、その人とどれだけ豊かな時間が過ごせるかということではないかと思います。

 大好きな人でもいいです。家族でも良いです。大切な友人でもいいでしょう。こうした人と時間を共有することで、自分が生かされていることを自覚することができます。些細なことから愛を感じることができます。人として生かされているのだから、まわりの人々の役に立ちたいと願う気持ちが生まれます。悠久の時間からみると取るに足りないことでくよくよしていることが多いのがわれわれ凡人です。だからこそ、自覚的に大切な人と触れ合い、人のために何かできないかを考えることに意味があるのだと思います。