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2001年9月

2001年9月 1日 (土)

第73回 内なる力

 あたりまえのことですが、私たちはそれぞれ姿形が異なります。音楽が好き、絵が好き、運動が得意、勉強が得意など他の人と異なるものが好きだったり得意だったりします。憲法でいう個人の尊重です。これらは科学の世界ではみな遺伝子の働きと言われているようです。何かをする能力、何かを感じる能力、すべて遺伝子の働きによります。

 人間の可能性は無限であるといわれる一方で、生まれつき遺伝によってはじめから限界が定められているともいわれていますが、一体どちらが本当なのでしょうか。

 生命科学の研究はいま目を見張る勢いで進んでいますが、不可能と言われていた遺伝子解読もあと5年ほどですべて終了し、生命の基本的な設計図の全容がわかってしまいそうです。私たちの体を作っている約60兆もの細胞の一つひとつにすべて同じ遺伝子が組み込まれています。この遺伝子に、生命に関するすべての情報が入っていますが、この遺伝子の基本情報量は膨大で本にすると1,000ページの本で千冊分になるそうです。

 ヒトの遺伝子は、この基本情報を使って細胞を働かせています。ところが、実際に働いているのは全細胞のわずか5%だそうです。実はそのほかの部分がどうなっているのかはよくわかっていません。とすれば、眠っているとされる95%の私たちの細胞はあらゆる能力の可能性を秘めているといえそうです。
 「心頭滅却すれば、火もまた涼し」という言葉があります。外界からの情報が送り込まれても本人にはその情報が感じられない状態です。これは結果的に自分の心の向け方で、暑さ寒さに反応する遺伝子をコントロールしていることになります。暑さ寒さだけではなく、仕事や勉強に対する集中度が高いと、意識がそこに釘付けになって、他のことが意識されなくなります。

 確かに、火事場の馬鹿力のように特別な時にものすごい力が出たり、とてもできないと思っていたことができたりすることが実際にありますし、皆さんも経験したことがあるかもしれません。これも遺伝子となんらかの関わりがあると思われます。まだはっきりとは解明されていないものの、私は心と遺伝子のつながりはあると思っています。自分の中の細胞がまだほとんど働いていない状態であるのなら、そして自分が遺伝子に働きかけてそれを働かせることができるとしたら、それはすごいことです。

 「人は、その人が考えたとおりの人間になる」と私は信じていますが、それが科学的にも真実だということになります。この世の中で起りうるすべてのことは偶然から生じたわけではなくある法則から生まれた必然です。そして、自分の人生の中で起りうるすべてのでき事は、意識的かどうかは別にして、他の誰でもなく自分の心が遺伝子に働きかけ細胞がそのとおりに動き、自分の思いが引き寄せた結果というわけです。まだ眠っている能力を引き出すことができるかどうかは自分の思い次第だと思うと、新たな希望が湧いてくると同時に、大変な自己責任を課せられてしまったと自覚せざるをえません。