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2001年12月

2001年12月 1日 (土)

第76回 地域と法律家

 よく医療の世界と法律の世界は対比されます。どちらも専門技術が必要ですし、人の不幸を仕事の対象としています。今、司法制度も大きな節目を迎えていますが、少し先に進んでいる医療の試みから法律家が学ぶことは多いように思います。

 諏訪中央病院という地域医療で有名な病院があります。かつては大学病院がある東京都が日本で一番平均寿命が長かったのですが、今は長野県のように地域医療が充実しているところの方が平均寿命は延びているのだそうです。そこでは医師たちが、地域へ出て地域から学び、住民がどのような医療を求めているかを試行錯誤の中から見つけだしています。地域の人や保健婦さんたちから医療従事者が学び、医療従事者が住民の意識を変えていく。その相互関係がいい結果を生んだといえます。そして何よりも医療従事者が地域医療を実践するために、地域への限りない愛着を持っているのです。

 地域を愛するが故に住民の意見をよく聞き、患者さんを全体的に見てケアをしていく。部分的な臓器を見るのではなく、人間として全体をみて、もっともその人が人間らしく命を全うできるように努力していくのです。そして病院が救命したときだけ感謝されるのではなく、救命できなかったあとも感謝しあえる関係が作られていきます。

 これを法律家にあてはめてみると、裁判で勝った場合だけではなく、負けた場合にも依頼者が人生に希望をもって新たな歩みを始められるような弁護活動や裁判をしていくということを意味します。それが可能かどうかはその人をどれだけ愛することができるか、その地域の人々をどれだけ自分と同じ人として大切に思うことができるかにかかっているように思います。仕事の対象として見るのではなく、同じ地域の仲間としてみることによって、その人の幸せの総量が増えるように努力することができるのです。ドイツでは裁判官も転勤がなく地域に根付いています。

 その地域をよくしたいと住民が考えるからこそ、政治に参加しようと思うのであり、真の民主主義も発展します。自分の地域を愛することは、その地域の次世代のことを考えることを意味しますから、環境や教育、地域の医療のことも真剣になります。そして自分たちの町を住みやすくするためには、より広域の地方行政や国の政策へも無関心ではいられません。このように地域を大切にすることが、より大きな単位の改革につながっていきます。

 そして国が安定していないと地域の安定もないし、世界が平和でないと自国の平和と繁栄もないことがわかります。こうして部分は全体に依存し、全体も部分に依存することになります

 こうした相互依存関係の中で、核になるのはあくまでも地域です。一人ひとりの具体的な生活がよりよくなるために法律家が事件を通してできることはきっとあります。日本各地に法律家が十分にいて、その地域の子どもたちの法教育を担い、法科大学院の専門教育も行い、地域の人々の紛争解決ニーズに迅速に応えていく。そんな地域での法律家の活躍が当たり前になれば、理不尽に泣く人が一人でも少なくなるはずです。

 こうしたことを実践するには、大きいことがいいことだという発想を捨てないといけないかもしれません。大きな事件を扱う大事務所での仕事だけが必要とされているのではありません。高度成長型の量的拡大ではなく、質的充実も貴重です。そして地域の人々と共に、お互いのふれあいを大切にしながら人間として濃密に生きていく幸せもあるように思います。皆さんのめざす法律家の姿は多様です。