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2002年12月

2002年12月 1日 (日)

第88回 悲観と楽観

 私はいつも事実を受け入れることは大切だと言っています。何か自分に辛い出来事が起こっても、それを人のせいにするのではなく、あくまでも自分が蒔いた種の結果なのだから、それから逃げることなく受け入れること。それが人間として成長するために必要なことだと言っています。

 そのこと自体は間違っているとは思っていません。ですが、一方でその事実の受け入れ方を知っておくことも大切です。というのは、事実を受け入れて人のせいにしないということから、すべて自分の責任として問題を一人で背負ってしまうととても重くなり、ときに耐えられなくなります。

 その点で、ぜひ参考にしてほしい本があります。「オプティミストはなぜ成功するか」(マーティン・セリグマン著・講談社文庫)です。前に読んだときになるほどと思い、できるだけ実践しようとしてきたものです。私はもともと悩み事を引きずるタイプでした。一人で考えても仕方がないことをいつまでもぐずぐずと悩み、結局解決できずにまた落ち込んでいました。しかし、これではいけないと思い20年以上自分改造を試みてきました。自分の性格を変えることができたのか自信はありません。でも、自分にやればできると言い聞かせて奮い立たせることで前に進めるようにはなりました。
 著者は、人は誰でも自分をコントールする力をもっているといいます。そして不幸な出来事に遭遇したときにそれをどう自分に説明するかによってそこからの立ち直りが違うといいます。キーワードは一時的と特定的です。自分に起こった不幸を永続的と考え自分の人生にいつまでも影響を与えると考えるのか、それとも不幸の原因は一時的でじきによくなると考えるのかの違いが大きいのです。悪いことが起こったときに「いつもこうだ」と自分に説明するのではなく、「ときどき」うまくいかないだけだと考えるようにするのです。どのような失敗も一時的には人を無気力にします。ですが、重要なのはそこからいかに早く立ち直るかです。そのためには失敗を自分の中で永続化しないことが必要です。

 つぎに重要なことは、失敗を普遍化しないことです。勉強でも択一の多数当事者の権利義務関係が不得意なだけなのに択一の民法が苦手だとか民法そのものができないとか、さらには法律に向いていないとか、どんどん失敗を普遍化してしまうのはよくありません。あくまでもある分野の問題にすぎないと特定化して考えることが重要です。仕事での失敗は家庭や勉強とは無関係です。普遍化して自分自身を否定してしまうような考えは捨てるべきです。

 そして、より楽天的に考えるためには、よい出来事はこれらの逆つまり永続的に考え普遍的に考えることです。これはさらに難しいかもしれませんが、試験にはよい方法です。憲法もできたのだから民法もきっとうまくいく、択一がうまくいったのだから論文もきっと大丈夫だと考えるのです。

 この本では失敗の原因を自分の中に見いだすのではなく、他人や状況のせいだと説明できるようになれと言っているのですが、これは程度問題でしょう。ヘタをすると改善も成長もなくなります。必要以上に自分だけの責任と抱え込むなということなら納得できます。要はバランスだと思いますが、やや楽天的な方へシフトした方がいいようです。