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2003年5月

2003年5月 1日 (木)

第93回 温故知新

 古いものより新しいものがよさそうに見えることがあります。
今までの司法試験では受験テクニックに長けたものが合格してしまうので、これからは新しく法科大学院で人間性豊かな法律家を育成します。これまで不動産登記業務を中心に行っていた司法書士は古くて、これからの司法書士は訴訟関係業務を行い、新しい時代の法律家として活躍します。イラク攻撃に最後まで反対したフランスやドイツは古いヨーロッパで、アメリカこそがこれからの新しい世界秩序を築きます。

 確かに新しいものには活力があり、派手に見えます。それに対して古いものは落ち着いていて地味なイメージです。新旧という時間の概念が動と静という概念を連想させるのはなぜでしょうか。それはきっと過去のものは、もはや動かない、変わらないという印象があるからでしょう。しかしたとえ古くさく見えるものであっても、とらえ方や意味づけによって蘇り、まったく新しいものになることがあります。電子ブックやインターネットという先端技術があっても人はハードカバーの本を買って読みます。読書には単に情報を得るという以上の楽しみがあるからです。ジェット機であっという間に行けるのに、わざわざ何週間もかける船旅が人気です。旅には空間を移動するという目的以外の重要な価値があるからです。一見古くさく見えるものであっても別の視点から光をあてることによって、新たな価値が見つかり、いくらでも活気に満ちたものになるのです。

 勉強も単に情報を得るだけのものと考えるなら、何も塾で学ばなくても、学習効果を上げることができるのかもしれません。しかし、塾での講義を聞くことで単に試験情報を得るということ以上の充実感を得られるとしたらどうでしょう。私はいつもこの塾という古くさい名前の学舎で、単なる受験テクニックや法律の知識を超えて、合格後を考えるという姿勢や真剣勝負、志、努力、本気、やればできるといった泥臭い価値観を伝えようとしてきました。そこに皆さん自身で新しい意味を与えてほしかったからです。

 法律家になった後も、たとえば法律相談などは地味で古くさい仕事の一つです。しかし、そこにカウンセリングの技法を取り込んだり、顧客満足の視点を入れたりすることで一気に新しい業務形態に変化します。司法書士の登記業務も、不動産という資産の専門家としてのコンサルティング的な視点を入れることで、訴訟関係業務と変わらぬ新規性を与えることができます。

 現行司法試験での勉強においても、日々、考える訓練を続けることで法科大学院で学ぶのと変わらぬ力をつけることができます。過去に出題された問題を解くときや何度も読んだテキストを見直すときでも、常に新鮮な気持ちで接することにより、新たな発見があり、その都度大いに勉強になるものです。逆にどんなに新しい参考書や講義でもそこから何を得ようとするのかを意識していないと、その先進性を生かすことができません。何事も、見かけの古くささや目新しさが問題なのではなく、自分がそこにどのような意味や価値を与えるかこそが重要なのです。要は主体的に学び、生きるということです。毎年やってくる試験も常に新しい気持ちで挑戦することが大切です。新しい制度や試験も自ら積極的に利用しようと向かっていくことによって、自分にとって価値あるものになるのです。