« 2004年8月 | メイン | 2004年10月 »

2004年9月

2004年9月 1日 (水)

第109回 オリンピック

 アテネオリンピックでの超一流の選手の活躍には目を見張るものがありました。選手たちの姿を見て、多くのことを実感できたのではないかと思います。「やればできる」ということ。目標を明確に持つことの重要性。まさに自分との闘いであって、周りを気にせず自分を信じて進むこと。ときには既成概念をうち破る勇気が必要なこと。目的意識を持って徹底して弱点補強のトレーニングすることの有効性。根性論ではなく科学的な準備が不可欠なこと。負けたときの対処の仕方でその後が決まること。4年に一度巡ってくるチャンスのために、徹底した自己管理を行ってコンディションを整えていくことの難しさ。

 本当に私たちに多くの夢と勇気と教訓を与えてくれました。オリンピックに限らず、人がその持てる力を最大限に生かそうと懸命に努力する姿は人の心を打ちます。ですがどうしてもオリンピックというと日本がどれだけメダルをとったかを競い合うような国家対抗のイメージがつきまといます。

 確かに東西の冷戦時代においては、旧社会主義陣営の国々はまさに国家の威信をかけてアスリートを養成し、彼等は国家の名誉にかけてメダルを取ることを課せられていたように思われます。ですが、最近では、あまり国家対抗という意識が強くなくなっているように感じます。

 サッカーでも野球でもバスケットでもプロの世界では一流選手は国境を越えて活躍しています。オリンピックのように国にこだわるのもおかしな話です。日本でも少し前までは日本代表選手の皆さんは日の丸を背負って頑張るという意識が強かったように思われますが、今は、自分の夢を実現するという意識の方が強く感じられます。国のためというよりもよい意味で自分のため、自分を応援してくれた仲間のために頑張るという意識です。

 ひとり一人が自分の限界に挑戦して、夢を実現し、その真摯な姿に観客は心を打たれます。国のために私を犠牲にして頑張るというのではなく、あくまでも自分が好きだから挑戦し、自分の夢だからメダルをねらうというスタンスです。あくまでも個人が主役であり、国は単にサポーターに過ぎないという発想こそが憲法の個人の尊重にかなった考えです。

 スポーツは政治や国家を越えるものだとよく言われます。その意味も、究極的にはひとり一人の人間のうちに秘める能力の問題だから、国や政治は関係ないということだと思います。ですが、ときに権力者はこうした個人の問題を国の問題にすり替えて、愛国心を高揚させて人民を支配する道具に利用します。スポーツという個人の問題を国家の威信の問題として、国をまとめるための道具に使ったのがヒトラーです。1936年のベルリンオリンピックはまさにナチスドイツの威光を世界に示すためのものでした。このときのドイツもそうですが、自分に自信が持てなくなった人はどうしても国や強いものに憧れる傾向があるようです。私たちはあくまでも自分自身をしっかりと確立させ、どのような状況においても自分に自信をもって生きていきたいものです。そのためには自分の本当にやりたいことをもう一度改めて問い直して明確にすることも有意義です。