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2005年1月

2005年1月 1日 (土)

第113回 謹賀新年

昨年の世相を漢字で表すと「災」だそうです。確かに多くの天災、人災によって人々が苦しみました。こうした苦難の時代であればあるほど、理不尽な思いをした人々がその苦しい思いをどこかに向けて発散しようともがきます。社会のシステムとしてそうした思いを受け止めて正しく解決するルートを確保しておかなければ、多くの負のエネルギーがたまってしまいます。そして時にその不満が、独裁者を求めたり、強い国家への憧れにつながったりします。最近指摘される若者の右傾化傾向は、自分に自信が持てずに強いものに憧れ、流されてしまう彼等の弱さに起因するところもありますが、他方でやり場のない思いを受け止める社会の受け皿がないことも一つの原因だと感じています。こうした状況の中で、一人ひとりが自信をもって自立して生きていくことができるような社会を作ることも法律家の仕事のひとつです。

 法律家は、人々が感じる理不尽を少しでも除去し、世の中から負のエネルギーをなくしていかなければなりません。思えば、19世紀は立法権優位の時代でした。ここで近代立憲主義が確立し、その後、行政権優位の福祉国家の時代である20世紀へと引き継がれます。それを受けた21世紀は司法の時代だと考えています。世の中を前向きに切り開いていく積極的な役割が法律家に求められています。法の支配のもとで自らの信じる法的正義という価値を論理的に主張し実現していく法律家の時代なのです。

 年末に、塾生や合格者の皆さんと共に沖縄スタディツアーに行ってきました。個人の尊重という憲法価値と法律家の責任を肌で感じるには最適の場所であると考えて、毎年行っている塾の恒例行事です。今年は新嘉手納基地爆音訴訟、普天間基地爆音訴訟の原告の方と弁護団長である新垣勉弁護士との勉強会が中心でした。イラク戦争が始まってからは深夜早朝を問わない爆音被害はさらに深刻さを増しているとのことです。

 にもかかわらず現在の最高裁判所は、米軍飛行の違法状態を認めながら、日本国に対する差止請求は支配権の及ばない第三者の行為の差止を求めるものであるとして否定し、アメリカ政府を被告とすれば、それはアメリカの主権行為であるとして否定しています。つまり、現実の耐え難い被害があるにもかかわらず、救済の道を閉ざしてしまっているわけです。そうした現実に対して、法律家は、5,000 人の原告による大規模訴訟を提起したり、司令官個人を被告とするなど、さらに新たな法理論を構築して闘っています。

 法律家こそは志を高く持たなければならないと痛感しました。そして最後まで諦めないことが何よりも大切なことだと実感しました。試験でも最後まで諦めないことが何よりも重要なことなのですが、合格して現場に出てからもこれが実務家として最も重要なことの一つであることを再確認しました。どのような状況でも法律家は解決のための何らかの糸口を見いだして、可能性に賭けて闘います。目の前の理不尽を許してはならないという強い思いと解決に向けての執念によって、ひたすら前に進み続けるのです。受験勉強の時期はこうした法律家としての忍耐力、ねばり強さを鍛える時期でもあります。法律家になるための勉強は皆さんの貴重な時間を割くに値するものです。志を高く持ち続け、自分を信じて、絶対に最後まで諦めずに頑張ってください。

 今年もまた一年、真剣勝負です。