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2005年6月

2005年6月 1日 (水)

第118回 幸せ

人は差別化によって幸せを感じるところがあるようです。自分は人と違う車をもっている、流行を先取りしたバックをもっている、VIP待遇、自分だけ名前を覚えてもらっていた、「なんか普通の弁護士のイメージと違いますね」が誉め言葉。
 「自分だけ」と感じられたり、特別扱いをされるとうれしいのです。

 しかし、それは同時に不幸の始まりです。なんであいつが出世するんだ、なんで自分だけ持っていないんだ。なんであの人が受かって自分は落ちたんだ。自分だけサービスが遅い。
 「自分だけなぜ」と感じたり、人と比べて、ちょっと違った扱いを受けたりするととたんに不幸を感じ、文句を言いたくなるのです。

 せっかく大学に入ったのに、そこでまわりの学生と自分を比べて、落ち着かず不安を感じる人がいます。せっかく資格試験に合格したのに、そのあと人と年収などを比べて不幸を感じる人がいます。お金持ちになってもさらに上がいますし、まだまだと人と比べているうちは幸せを感じることができません。どこまでいっても、人と比べる限りはきりがないのです。

 幸せは探し求めるのではなくて、今をどう感じることができるかの問題だと言われることがあります。今そこにあるのに気づかない。あの「青い鳥」の話です。与えられた環境、今という時間を幸せに感じることができるかの問題であり、そのためは人と比べないことがコツです。

 このことはある種の諦観に感じられるかもしれません。しかし、けっして夢を諦めて現状を受け入れろというのではありません。今の現実を勇気をもって受け入れて、その中でベストを尽くして、そのベストを尽くしている自分に納得して充実感を得て、幸せを感じるということです。つまり人と比べることなく、自分として納得できるような生き方をするということです。

 競争は人を成長させることがありますし、向上心は、競争する気持ち、勝ちたい気持ちから生まれることもあります。その意味では、人と比べて頑張るという生き方も一理あります。ライバルがいた方が頑張れるというのは何もスポーツに限った話ではありません。ですが、その気持ちも行きすぎると自分を追い込んでしまい、不幸につながります。仕事や試験という社会のシステムにおいては、結果を出さなければ評価されないのは事実です。そしてもちろん結果を出すことは重要なことです。しかし、そのことと自分の価値や自分の幸せを連動させてはいけません。自分の幸せをそのような社会的なシステムと切り離して考えることがポイントなのです。

 個性は人との違いを際だたせることによって発揮されます。ときに自分らしさは「自分は特別の存在である」ことを認識し、そこに誇りを持つことから生まれます。しかし、他人との違いを意識しすぎると不幸になります。このバランスが生きる知恵です。私たちはそれぞれ人間としてこの世に生まれてきただけでも幸せなことです。それだけでかけがえのない価値があるし、その命は皆その生まれ落ちたときから違うのですから、ことさらに人と比べて優越感を意識しなくても十分に個性的であり、尊厳に満ちたものなのです。まさに「個人の尊重」です。今、ここに生きているだけで大変なことです。そのことへの感謝の気持ちを忘れない。そして今、目的をもって生きることができることに喜びを感じる。それだけで十分に幸せだと思います。結果はあとから自然とついてくるものです。