« 第124回 誇りと志 | メイン | 第126回 かっこよく生きる »

2006年1月 1日 (日)

第125回 2006年謹賀新年

 今年は多くの受験生にとって、新しい挑戦の年であると同時に不安の年でもあると思います。これまで増加し続けてきた従来からの司法試験の合格者数が減少します。新司法試験も始まります。司法書士試験でも新会社法がどう扱われるか不安です。行政書士試験も法律科目重視でさらに難化しそうです。こうした不安に負けずに、持てる力を十分に発揮することが例年以上に求められる年になります。
 
 さて、私は不安にどう対処しているか。まず、「人は成長しようとする限り、不安を覚え、悩み続けるものだ」と認識するようにしています。私たちが不安になるということは、より上を求めて成長していることの証です。与えられた環境、課せられた制約は誰も違います。それぞれの制約の中でベストを尽くそうと努力するからこそ、成長します。もっと早くから勉強を始めていれば良かった、もっと上位の法科大学院に入学していればよかったといろいろ思うところはあるでしょう。

 ですが、今与えられた環境と条件の下でベストを尽くすことが大切です。制約があるからこそ、力がつくのです。負荷をかけるからこそ筋力がつくのと同じです。これらの制約は私たちにとってマイナスなのではなく、むしろ自分を大きく成長させる契機なのだと考えれば、不安を覚える必要はなくなります。

 次に、時間軸と空間の中で自分を相対化してみる方法もよく使います。長い地球の歴史の中で自分の人生の短さを知り、広い地球の中での今自分がいる場所を知ることで、個人的な悩みなど些細なものに思えてきます。せっかく、今この時代に、この場所で生まれたのですから、そのことに感謝して、今ここに生きること自体にとても大きな価値があることを知るわけです。

 ただ、生きるだけでも大変なことなのですが、よりよく生きることができればもっといいのにと思います。よりよく生きるという意味は人それぞれでしょう。ですが、私はより多くの人の幸せづくりに貢献できることだと思っています。世界の人々の幸せの総量を増やすことに貢献できるような生き方です。そのためには自分の使命を見つけだすことが大切です。

 自分の使命を自覚して生きることができれば、よりよく生きることができます。私は自分に与えられた使命を自覚できるようになるまでに10年かかりました。しかし、それを見つけるまでに苦しんだ自分の人生はけっして無駄ではなかったと思っています。押しつぶされそうになりながらも乗り越えてきた事実が自信となり、大きな力となります。

 アメリカの小中学校用法教育の教科書では、 Authority , Privacy , Justice と共に responsibility という概念を教えます。個人の内面の自由であるPrivacyに対応して、個人の内面の秩序である responsibilityをしっかりと教育していきます。この責任とはどういうことか。果たすべき事に応える(respond)ということです。この概念が権威や正義と同列に位置づられ、立憲民主主義を教えるための法教育の中核となっているのです。

 自由、平等、正義といった憲法価値を実現する社会を創り出すためには、それを構成するひとり一人が、それぞれの責任を果たさなければなりません。社会の構成員である以上、誰もが使命を与えられています。法律家に地位と報酬が与えられるとすれば、それは、相応の使命を果たすからに他なりません。皆さんは法律家をめざそうとしている自分にどのような使命を課しますか。

 私も今を生きる人間として、 自分自身に与えられた使命を果たすべく、今年一年また真剣勝負で頑張ります。