« 2006年1月 | メイン | 2006年3月 »

2006年2月

2006年2月 1日 (水)

第126回 かっこよく生きる

 やればできる、必ずできる。最後まで絶対に諦めずに頑張れ。
 これは私が20年以上も言い続けてきた言葉です。ですが、最近、世の中ではこうした言葉ははやらないようです。最近の若者は、「がんばらずに良い結果を出す方がかっこいい」「挫折しかけた道でさらに努力を続けるのは見苦しい」という価値観だそうです。努力せずにいかにお金儲けをするか。いかに楽をして生きるか。そして人には生まれ持った素質があって、それによって人生はすべて決まるので、無意味な努力はしない方がいい。自分がどうあがいてみたところで、現実は変わらない。むしろ自分の分をわきまえてそれなりに生きた方がよほどいいそうです。

 確かに連日のようにとんでもない事件を目の当たりにしていると、こつこつと努力しながら生きていることが馬鹿らしくなる気持ちも理解できます。世の中のためになりたいと考えている人であっても、どんなに自分が努力しても、たとえ法律家になったとしても世の中の矛盾は変わらない。自分の無力を思い知るだけで、そのたびに傷つくのは怖いし、意味のないことだから、法律家なんかになってどうする、というわけです。傷つきたくない、無力感を味わいたくない、そうした気持ちは自己防衛としてもっともです。

 ですが、世の中の矛盾を創り出しているのが人間なら、その矛盾を解決できるものまた人間のはずです。諦めるのも人間なら、諦めずにしぶとく食らいついていけるのも人間です。結局はどのような生き方をするかはその人の考え方次第です。事件の当事者はもう自分ではどうすることもできなくなって法律家にすがる気持ちで相談にきます。そこで法律家が始めから諦めていたのでは、誰がその当事者を救い、誰が世の中の矛盾を減らし、誰が社会を健全な方向へ導いていくのでしょうか。諦めることは誰でもできます。ですが、諦めずに力を尽くすことは法律家しかできません。法律家は専門知識という武器をもっています。それを使わず、始めから諦めていたのでは何のために知識を身につけたのかわかりません。

 勉強も同じです。試験に臨む前から、自分には無理なのではないかと諦めていたのでは、ここまで努力してきた意味がなくなります。諦めることはいつでもできます。ですが、続けることは多くの困難を伴うのでそう簡単ではありません。多くの合格者が続けてきて本当によかったと合格体験記に書いています。努力すれば必ず結果が出せるとわかっているのならば続けることは容易です。ですが、結果が見えないものに向かって努力し続けることは本当に難しいことなのです。だからこそ、それをやり遂げることができた人には大きな栄光が待っています。イチロー選手が言っていました。「夢をつかむことというのは、一気にはできません。ちいさなことを積み重ねることで、いつの日か、信じられないような力を出せるようになっていきます。」と。

 楽して受かる方法を探し求めている人は限りなく多くいます。ネットでより要領のいい学習法を探し、方法論もお手軽なものがはやります。ですが、努力せずして合格した人を私は知りません。私は正しく努力することはよいことだし、必要なことだと思っています。人生のうちに一度くらい必死で勉強したといえる時期があってもいいと思っています。

 たとえ世の中で、はやらなくても、この塾では努力は正しいことだし、最後まで諦めないことは大切なことだとこれからも言い続けていきます。その結果が、短期合格者を大量に出す実績につながっているのだと確信しているからです。