« 第127回 継続 | メイン | 第129回 勉強 »

2006年4月 1日 (土)

第128回 プロ

今年は例年よりも早く渋谷の伊藤塾の前の桜が満開となりました。何本ものさくらが集まっているために、どれも同じように見えますが、よく見るとみな違います。花の色や枝振り、散り方まで違います。当たり前のことなのですが、さくら並木として見ていた私には新鮮な発見でした。前に、さくらは一年に一度、この春の時期にしか注目されないけれど、ずっと夏も秋も冬も生き続けている。春のための準備をしていると書いたことがあります。日のあたらない準備期間もまた、貴重なさくらの一生の一コマであり、それは不可欠なときなのです。そして、そのさくらたちはどの一本一本も他と違ってすばらしい生き様を見せてくれます。

 同じように見えてみな違う。ときにこれを忘れかけることがあります。医師としてどうあるべきか、政治家としてどうあるべきか、弁護士としてどうあるべきか、さまざまな分野でプロとしての姿勢を問われる事件が続いています。
消極的安楽死が許されるか、医師の注意義務はどこまでか。政治家も人間ですから、失敗することもあるでしょう。そのときにどのように進退を決めるのか、どのような役割を果たすべきなのか。弁護士として訴訟能力にこだわって控訴趣意書を提出しないことは許されるのか。それぞれ現場の第一線のプロとしてどのような行動をとることが責任を果たすことになるのでしょうか。問題はそう単純ではないように思われます。まさに一人ひとりの理念が問われます。

 こうして、何が正しいかわからないということは世の中に数多くあります。
そのときに、自分の信念、自分自身の価値基準に従って、堂々と行動すること、最後の一人になっても自分の信念から行動し、その結果については自分で責任を取ることがプロだと考えます。自分の思うところを言い続ける、訴え続ける。
そのことによって世の中がよりよくなれば、自分の主張を通した意味があります。Professional の proとは「前へ」、fessとは「言う」というような意味です。つまり前にかって言い続けることがプロの役割なのです。誰がなんと言おうと、自分の信念に基づいて信じることを言い続けていく。公の場でものを言うことは大変なことです。インターネット上の匿名による無責任な発言とはわけが違います。自分の立場をかけて堂々と発言するのですから、これは勇気がいります。

 皆さんはそうした責任ある仕事をするために、今、勉強しています。今の時点で準備が十分にできていないという人もあるかもしれません。まわりよりも遅れていると感じている人もいるでしょう。ですが、皆違って当たり前。皆それぞれ苦しい時期を乗り越えて花開くのです。苦しい時期にこそ鍛えられ、プロとして責任ある発言をする勇気と気概を身につけていくのです。さくらはしばらくすると散ります。そして、また来年にむけて準備を始めます。変わり続けると同時に変わらない絶対存在なのです。今年、花開くか、また来年となろうが、今はそんなことを考えるときではありません。皆さんに何が起ころうと、皆さん一人ひとりはかけがえのない価値を持った絶対存在なのですから、安心して自分の今やるべきことを淡々とこなしていけばいいのです。

 「すばらしい教育」と「精神の気高さ」を花言葉に持つさくらの丘に塾をつくって本当によかったと思っています。