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2006年7月

2006年7月 1日 (土)

第131回 捨てる

 先日、「千円札は拾うな」(サンマーク出版)というベストセラーの著者でコンサルティング会社の社長である安田佳生さんと対談をしました。彼は自分の信じている常識や価値観を捨てなければ成長できないといいます。私たちの勉強に共通するところが多々あって、とても興味深く刺激的でした。

 私たちはいつも、自分の過去に縛られます。自分の勉強方法に縛られます。これまでのこだわりに縛られます。ですが、その縛りから自由になったときに、新しい道が目の前に開けます。これまで自分がこだわってきたことを捨てることはとても勇気のいることですが、それを捨てる勇気があれば、より自由になれます。

 私はよく、過去の自分から自由になれといっています。憲法で「国家からの自由」の大切さを学んでいるのですから、まず自分が親の価値観から自由になり、社会の価値観から自由になり、そして自分自身から自由になることです。
本当に自分らしい人生を歩んでいくためには、こうして自由になることが必要なのです。

 私はこの塾を立ち上げるときに、弁護士を捨てました。それによって自由に法教育をする場を得ました。全国で法科大学院が立ち上がるときに、さまざまな経緯の中で結局、特定の法科大学院と提携することを捨てました。その結果、すべての法科大学院生を支援することができる自由を得ました。自分が作ってきた過去の教育ノウ・ハウをあえて一度すべて捨てることによって、まったく新しい塾のメソッドをつくりあげる自由を得ることができました。こうしてみると、確かに捨てることが自由につながっているのです。

 ある専業受験生で勉強時間をふんだんに使えた人が、その時間を捨てて、就職して仕事をしながら勉強することにしました。10時間の勉強時間が8時間になっても、勉強の質は変わりませんが、3時間に減ってしまうと、勉強のやり方を劇的に変えないととても合格できないと気づきます。そこで初めて、勉強の量ではなく質を追求するようになるのです。優先順位を本気で考え、基本に徹する勉強ができるようになり、翌年、合格していきました。

 こうして見ると捨てることの重要性はよく理解できます。ですが、「最後まで諦めない」というメッセージと矛盾するような気もします。しぶとく最後まで諦めないで頑張り続けることによって最終的には合格を手にすることができるというのもまた真実です。

 これまで勉強してきた自分を捨てて、別の道に進む。それとも受かるまで従来からの司法試験や司法書士試験で頑張り続ける。この二つは矛盾するようにもみえます。

 ですが、実は矛盾するものではないのです。試験を変えた場合は、法律家となるという夢は諦めずに、その手段を変えてみただけです。他の仕事につく場合は、より幸せに生きるという夢を諦めずに、別の職業に変えてみただけです。
つまり、より大きな目的との関係では、けっして諦めてはいないのです。自分がもっと大きな視点から自分の人生を考えることができるようになれば、実は捨てるという行為も、諦めることとは別だとわかります。単に別の道を選択しただけであり、より自由に行動しているだけだということがわかります。

 人生をどのようにルート変更しようが、自分の大きな目的との関係で諦めることなく、その目的を追い求め続ければいいだけです。今与えられた目の前の課題から逃げることさえなければ、それは諦めたことにはなりません。