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2006年9月

2006年9月 1日 (金)

第133回 芸人

 「憲法9条を世界遺産に」(太田光・中沢新一、集英社新書)を読みました。あの爆笑問題の太田さんと、民俗学者で思想家の中沢さんの対談というのですから、おもしろくないはずはないと思って手に取りました。憲法9条を世界遺産にしようという試みは、すでに歴史・平和研究者であるクラウス・シルヒトマン博士によって、提唱されているアイデアですが、それを新たな切り口から展開していて、とても刺激的でした。

 中沢さんはこの憲法を、現実には存在し得ないことを語ろうとしているのだから芸術に近いと言います。太田さんは、あくまでも芸人の立場から発信していくと言います。芸術や芸と政治や法律はまったく違う世界のものと捉えられることがあります。確かに法律と芸は対局にあるというイメージです。しかし、それは本当だろうか。法律の力を磨いて何かを表現しようとすることは、実は芸に通じるものがあるのではないか、読みながら次第にそんなことを考えていました。

 芸術は感動から生まれます。そこでは感受性が大切です。確かに法律は、学問としては疑うことが不可欠であり、疑問をもつことから真理への探究が始まるのですが、法律も実務家が法律を扱って事件を解決するときには感受性が必要となります。人の営みを扱う以上、相手の立場に立って考え、受け止める感受性が不可欠です。こうして懸命に生きている人がいる、こうして闘っている人がいるという感動が法律実務家として頑張る原動力になります。その意味では法律家にも感動は必要です。

 「若い人たちが、自殺サイトで死んでいくのも、この世の中に感動できるものが少ないからなんでしょう。それは、芸人として、僕らが負けているからなんだと思うんです。テレビを通じて、彼らを感動させられるものを、何ら表現できていない。極論を言えば、僕の芸のなさが、人を死に追いやっているとも言える。だとしたら、自分の感受性を高めて芸を磨くしかないだろう、という結論に行き着くわけです。」

 太田さんのこの言葉を読んだとき、不覚にも目頭が熱くなってしまいました。芸を人の命と結びつけて自分の使命と考えている人がいる。感受性を高めていくことがいかに重要かを端的に示しています。法律家の仕事も同じように感受性によって、その仕事内容は大きく変わってきます。本当は何に困っているのか、本当は何をして欲しいのか、それをはっきりと言わない、そして言えない依頼者がたくさんいます。こちらが感じ取らなければなりません。法律のプロというのは、単に法律の知識を振り回す法律屋ではなく、人の想いを自らの感受性によってくみ取ることができる人間です。

 憲法や法律を理性の力によって読み解き、使いこなすことはもちろん大切です。ですが、それに基づいて行われる人間の営みを感性の力によって感じ取り、共感し、のめり込む人間臭さもまた必要ではないか。感性に磨きをかけることは芸術の世界だけではなく、法律実務の世界においても重要なことなのだと考えます。

 感性に磨きをかけるためには、まず事実に触れることです。原爆症認定訴訟がどうしてそんなに重要なことなのか、実際に話を聞いてみなければわからないでしょう。薬害肝炎訴訟の原告の方がなぜ私たちの前で涙を流されるのか、普段の講義で伝えることはできません。塾には「明日の法律家講座」や「沖縄スタディツアー」など、感性に磨きをかけるプログラムがたくさんあります。多いに利用してください。法律家になるための教材はテキストだけではありません。