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2007年2月

2007年2月 1日 (木)

第138回 コンプライアンス

 最近、コンプライアンス(法令遵守)という言葉がよく聞かれます。法律に従っていればいいように聞こえますが、民間企業ではそうはいきません。たとえば、食品会社が賞味期限切れの材料を使ってケーキを作っていたり、テレビ局が健康番組を作成する際にねつ造したデータを使ったりしたら、そのこと自体が犯罪にならなくても、製品が流通できなくなったり、番組がうち切られたりするなど重い社会的制裁を受けます。法令遵守は最低限の要請にすぎず、企業はそれ以上の社会的責任を果たすことが求められているからです。

 では、公務員の場合はどうでしょうか。官制談合などの明確な法令違反は言語道断ですが、それ以外にも問題山積みです。たとえば、何人かの政治家が無料の議員会館を事務所として使っておきながら数千万円を事務所経費として報告していたことが発覚しました。ある閣僚は「法律には違反していない」と強調していました。

 政治資金規正法は、政治活動の公明と公正を確保するために、政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするために政治資金の収支の公開を求めています(1条)。この法律の目的からすると、しっかりと国民に説明をしなければ、社会的責任、政治的責任を果たしたことにはなりません。

 警察官や検察官、裁判官といった司法手続きに関わる公務員はどうでしょう。周防正行監督の「それでもボクはやっていない」という痴漢えん罪をテーマにした映画が上映されています。「お父さんはやっていない」(矢田部孝司・あつ子著、太田出版)という本も事実が克明に記録されていて日本の刑事手続の実態や捜査機関の思いこみの恐ろしさがよくわかります。

 民間企業で何か不祥事が起こったときには、原因を究明して再発防止策を発表します。これはコンプライアンスの基本です。ですが、なぜか司法手続きのミスについてはこうした原因究明や再発防止のために制度改革が議論されることはありません。そもそもえん罪事件についての公の調査が行われたこともありません。

 司法手続きにおけるミスは過酷な人権侵害を招きます。企業の不祥事以上にその原因究明と再発防止を追及しなければならないはずです。なぜ国家の過ちにはこうも甘いのでしょうか。

 先月、戦時中の大規模な言論弾圧事件である「横浜事件」で治安維持法違反罪による有罪が確定した元被告の方々(故人)に対する再審の控訴審判決が出ました。1審では無罪の判決を出さずに免訴という訴訟打ち切り判決をしたのですが、これに対しては控訴することはできないという極めて形式的な判断でした。

 この事件は、警察による拷問、司法が不当な判決に加担したあげくに裁判記録まで焼却してしまったという司法の汚点ともいえる事件です。裁判所は自ら問題点を明らかにして反省し国民の信頼を得るチャンスであったのにその機会を自ら潰してしまいました。

 こうしてみると、本当に求められているものは何かをしっかりと見極める力がつくづく必要なのだと痛感します。皆さんには、市民や企業のために仕事をする法律家であろうと、国家権力の一翼を担う裁判官、検察官や行政官であろうと、常に利用者や国民の視点を忘れないプロになってほしいと思っています。どんな仕事でもそうですが、基本は「他者への共感」です。相手の立場に立って共に感じ、何が求められているのかを見定めなければなりません。私もまだまだ修行中です。