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2007年6月

2007年6月 1日 (金)

第142回 権力

 5月はいろいろなことがありました。憲法記念日、国民投票法成立、全国各地での講演、テレビ出演、そしてもう25年も続けている新旧司法試験会場での応援です。

 今年の新司法試験では5500人が受験願書を出していながら4600人しか受験しませんでした。これだけ多くの受験控えが出てしまう法科大学院の教育とは何なのでしょうか。法科大学院での授業をしっかりと受けていれば試験に合格できるはずでした。それが実は大ウソであることを受験生自身が身をもって証明したわけです。

 ある法科大学院の卒業生は、授業は中身がなく先生方のやる気もまったくなく、もちろん卒業後のバックアップもない。一緒に卒業した人たちの中でもすでに諦め、他の道を探している人もいると嘆いていました。受験予備校を批判して作ったはずの法科大学院で受験対策をするわけにはいかないということなのでしょうが、制度の矛盾を当事者である学生に負担させるのはひどすぎます。

 司法試験受験の実態を何も見ずに、法科大学院の制度設計をした愚かさがこうした矛盾として年々現れてきています。現実を見ない、謙虚に反省しない、これは権力を行使する者にありがちなことですが、ここでもこうした過ちが繰り返されました。

 先日、朝まで生テレビに出演してきました。いつものように政治家の皆さんの自己主張の場となり、冷静な憲法論を国民の前で論じるということはあまりできませんでした。手を挙げてもなかなかあててもらえず、ちょっと残念でしたが、それでもとても勉強になりました。

 一番の収穫は、権力側の政治家や右派の皆さんは、軍隊や自衛隊を危険なものとは考えていないことがよくわかったことです。自分たちで完全にコントロールできるものと思っているのです。軍隊という危険な暴力装置を憲法によっていかにコントロールするかが立憲主義の要諦です。その前提自体が大きく異なっているのですから、議論がかみ合わないのも当然です。

 私は武器をもった集団がそこに存在するだけで危険だと思いますし、その集団がアメリカ軍と共に殺人の訓練を繰り返していること自体に恐怖を覚えます。これは感覚ですから、軍隊は怖い、戦争はいやだという皮膚感覚がない人たちと議論をかみ合わせるのは大変なことだと思いました。

 権力者は自分は正しいと思いこみます。軍隊を正しくコントロールできるのだと信じます。ですが、憲法はそうした権力者の発想自体が危険だという前提で、そこに歯止めをかけようとします。強い力を行使する者は、謙虚でなければなりません。

 改憲して軍隊を持つ制度に変えようとするのであれば、そのことの持つ意味を実態に即して具体的に考えていかなければなりません。当事者たる国民の感覚を忘れて、机上の議論だけで制度を組み立てようとすると、悲惨な現実が待っています。現場感覚を忘れた権力者による制度設計は大きな過ちを犯すでしょう。

 改憲や法科大学院制度の議論を見ていて思いました。皆さんは法律を学びそれを使って仕事をします。検察官、裁判官として権力を行使する人もいるでしょう。弁護士や司法書士として仕事をすること自体、法律という強い武器を持つことになります。

 こうして強い力を持つ者ほど謙虚であるべきこと。奢らないこと。そして当事者の立場に立って考えることが必要だということをぜひ忘れないでください。

 自分たちのやっていることは正しい、間違っているはずがないという思いこみは本当に危険です。常に自分を謙虚に冷静に客観視することができるような法律家になってください。