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2007年10月

2007年10月 1日 (月)

第146回 リスクと決断

 憲法制定過程を描いた「日本の青空」という映画があります。憲法学者の鈴木安蔵氏らが作った憲法案がマッカーサー草案の参考にされたという史実を劇映画にしたものです。伊藤塾も少しだけ協力しています。押しつけ憲法論が誤りであることがわかりやすく描かれていて、各地で上映されているのですが、その上映会において、これを積極的に後援する自治体と、政治的中立を保つという理由で後援申請を拒否する自治体が出ているというのです。

 いうまでもなく公務員には憲法尊重擁護義務(99条)があるのですから、憲法を守らなければなりません。護憲は公務員に課せられた憲法上の義務ですから、こうした映画の後援を拒否すること自体が99条違反となります。後援を拒否した自治体の担当者も信念があって拒否したというよりも、改憲派から批判されることを怖れたようです。担当者なりにリスクを考えての決断だったのでしょう。担当者にとっては憲法論議に背を向けるリスクの方が受け入れやすかったわけです。

 ものごとを判断するときに、どちらのリスクの方を受け入れることができるかで決断することがあります。その最たるものが刑事裁判です。裁判は人間が行います。どうしても間違いが起こります。そのときに、間違って真犯人を取り逃がしてしまうリスクと、間違って無実の人が処罰されてしまうリスクとどちらを私たちは受け入れることができるかという決断が必要となります。文明国家では後者のリスクは絶対に侵してはならないという決断の結果として無罪の推定原則が生まれました。

 ここでは、個人の尊重という憲法上の価値基準が明確なため、どちらのリスクをとるべきかがはっきりしています。憲法を正しく理解している人にとっては当然のことなのですが、こうした価値基準を持っていないと、このような究極の選択が必要となった場合に自信をもって判断できません。

 誰もが生きていく中でさまざまな迷いを生じ、決断を迫られます。そして、どんな決断も一定のリスクが伴います。夜中にこんな甘いものを食べていいのだろうかという些細なものから、この人と結婚してしまっていいのだろうかというような人生の一大事や、こんな試験を始めていいのだろうか、このまま続けて大丈夫だろうかという受験生特有の決断まで、どれもリスクを伴う決断ばかりです。

 こうした決断を迫られたときにどのリスクをとっていくか、自分自身の原理原則を持っているとそれは生きていく上でのとても大きな強みとなります。自分なりの価値基準に従った決断であれば、その結果がどうであれ、納得できるはずです。リスクを引き受ける覚悟でする決断は、何もしないで逃げるよりもよほど自分自身の人間力を鍛える糧になります。

 秋は各種試験の発表が続きます。結果を突きつけられ、さらなる決断を迫られる人も出てくるでしょう。どのようなリスクなら受け入れることができるか、自分なりの価値基準が見つかるまではつらいと思います。ですが、そもそも法律家の仕事は決断の毎日です。だからこそ、試験でも決断を迫られるのです。そうやって私たちは日々、成長していきます。自分なりの価値基準そして原理原則を確立してください。それがこの塾で法律を学ぶということです。