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2008年4月

2008年4月 9日 (水)

第152号 『今を生きるサクラ』

今、渋谷の塾の前のサクラが満開です。
人はみなサクラの花を見てすばらしいと讃えます。ですが、サクラにとって花を咲かせている時間は、その生涯の中でほんのわずかです。ましてや花を咲かせることをゴールとして生きてきたわけではないはずです。サクラは、夏も冬もただひたすら、淡々と生き続けてきただけです。仮に花を咲かせることがゴールならあとは枯れてもいいことになりますが、花を咲かせて散った後には新緑となり、葉が落ちてもまた次の春に向かって生き続けます。

では何が、ゴールなのでしょうか。それは何かの結果を生むことではなく、ただ生き続けることなのだと思います。生き続けること。そのこと自体に価値があるのです。その姿を人が見て、何を感じ、どう思おうとそれはサクラの知ったことではありません。サクラ吹雪が舞うその散り方から潔さの象徴のように言われたりもしますが、これも人間が勝手にサクラに思いを寄せて解釈しただけのことです。でも、こうして人が皆それぞれにサクラを見て解釈することができる、それはサクラがそこにいて生きているからです。つまり存在自体に価値があるのです。

私たちの命も似たようなものだと思っています。何のために生きているのかを探すことはそれなりに意味のあることだと思いますが、私にとって、そこにいるだけで価値があるという意味づけも十分に納得がいくものです。

こうした「存在としての価値」を認めた上で、あえて、「よく生きる」ことの意味を問い直したいと思います。サクラはそこに存在するだけで意味がありましたが、サクラと私たち法律家を目指す者との違いは意識を持っているかどうかです。私たちはただ生きることに満足せず、人のために努力することに価値を見いだします。単に生きるのではなく「よく生きる」つまり主体的に高い意識をもって生きることは、まわりへの影響力も違います。

ここでいう「よく生きる」というのは、試験の合格のような目先の結果だけを追い求める生き方ではありません。合格を目指しながらもその過程である毎日を真剣に、後悔しないように生きるということです。「かつて」を生きるのではなく、「将来」を生きるのでもなく、今を精一杯生きる。そのことの積み重ねで、人として成長し、まわりによりよい影響を与え、生きている意味がより大きなものになるのです。

私たちの人生は試練の連続です。山や壁に突き当たっては、それを乗り越え前に進む。乗り越えたと思ったらまた次の山が立ちはだかっている。こうしたことの連続です。

この春から勉強を始めた皆さんには、これから幾多の試練が待ち受けているこの世界へようこそと言いたい。自分自身に磨きをかける多くのチャンスに出会うことができます。すでに勉強を始めている皆さんには、いよいよ本試験というもっとも重大な試練に挑戦できることにおめでとうと言いたい。模試の結果などに一喜一憂しないこと。先を見すぎて不安になるのではなく、自信をもって今を大切にしてください。大変な状況である今を生きているという実感とともに、そうした今を懸命に生きている自分自身を楽しむことも大切です。

ただ生きているだけに見えるサクラも実は、来年はもっと綺麗に咲いてやろう
と思っているのかもしれません。