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2008年12月 3日 (水)

第160回 文民統制

公務員の人権は、その公務員という地位ゆえに制限を受けます。これは憲法を少しでも学んだことのある人間には常識です。ところが航空自衛隊幕僚長という制服自衛官トップの要職にある公務員にはそうではなかったようです。

一個人としてどのような歴史認識を持っていようが、思想を持っていようがそれは自由です。ですが、自衛官(公務員)であれば必要な人権制限を受けます。表現の自由もその例外ではありません。

田母神前空幕長のアパグループ懸賞論文の内容の稚拙さはここで私が指摘するまでもありません。過去の戦争を美化する思想を持った人間が自衛官のトップにいること、そして、そのトップに教育された多くの現役自衛官が自衛隊内にいることの危険性も自明です。

私はこの事件で、過去の事実に向き合うことの難しさを改めて感じました。誰でも過去の過ちを正面から認めることには躊躇するでしょう。しかし、国家として過去に行ったことの過ちを認めることと、現在、誇りを持って公務員として国民に奉仕することは十分に両立するはずです。

私たちの受験の世界でも、一連の合格発表が終わり、すばらしい合格実績と共に、残念だった方々の新たな闘いが始まっています。試験ですから、当然、合否が分かれます。そこで思い通りの結果を出せなかったときに、自分の過去とどう向き合うかで、未来の自分が決まってきます。

受験勉強を真剣にすることの意味のひとつは、こうした自分との向き合い方、つらい事実の受け止め方の訓練によって人間として鍛えられるところにあります。
続けること、またときに決断することはけっして楽ではありません。でもだからこそ、そうした試練に直面して人は成長するのです。塾生の皆さんには、事実を真正面から受け止めて頑張って欲しいと思います。

もうひとつ、この田母神事件で考えたことがあります。政治家も新聞もさかんに、文民統制の危機を懸念していました。本当にそれでよいのでしょうか。

およそ軍隊とは、非常時に備えて、できる限り効率的に人を殺し、物を壊すための訓練を日々行っている集団です。これはあまりにも市民社会とかけ離れた存在です。人の命を大切にする市民社会と人の命を奪うことを目的とする軍隊。一人ひとりの自主性を尊重する市民社会と絶対服従を旨とする軍隊。個人を尊重する市民社会と組織を優先する軍隊。市民社会とはまったく異質の存在なのです。

しかも、自国の存在を守ることがすべてに優先するため、戦争になれば権力分立も国民主権も人権も停止され、軍隊が国内を闊歩することになります。実際こうした軍隊が暴走した結果、戦前の日本は大きな損害を世界と自国民に与えました。
私もキャンペーンに参加させていただいている「私は貝になりたい」という映画を見るとこうした理不尽さがよくわかります。
http://www.life-peace.jp/life_message.html

こうした反憲法的な組織である軍隊を市民社会が抱えて政治的にコントロールすること(文民統制=軍に対する政治の優位)は不可能だと考えたからこそ、日本国憲法は一切の戦力を放棄し軍隊を持たないことにしたのです(憲法9条2項)。

国際貢献の名の下で自衛隊の海外派兵がなし崩し的に増えていく前に、今一度立ち止まって、私たちは憲法9条の意義と駐留米軍や自衛隊の存在の意味を考えてみるべきなのではないでしょうか。こうした問題にしっかりと真正面から向き合うべきだと考えています。

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