« 2009年7月 | メイン | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月 3日 (月)

第168回 総選挙と国民審査

先月も旧司法試験受験生の応援で論文試験会場に早朝から立っていました。
1984年から25年間ずっと立ち続けてきましたが、これもあと1回かと思うと感慨深いものがあります。
新司法試験や司法書士試験でも同様に応援していますが、旧司法試験には格別の思いがあります。

受験資格に全く制限のないこの試験は、実に平等であり、誰もが夢を持ち実現することを可能にする試験でした。試験会場でも様々な受験生に出会います。10年以上も挨拶を返してくれる受験生、初めての受験でカチカチの受験生、病気を抱えながらも必死に答案に向き合っている受験生等々。勉強している環境や背景はそれぞれまったく違うのですが、この試験の受験生には独特の雰囲気があります。

夢を持ち、自分の明日を自分の力で切り開こうとする気概に満ちた受験生の姿に私もずいぶんと励まされてきました。精一杯の努力でこのときのために自分を鍛え上げ、必死になって試練に立ち向かおうとしている気迫に心が洗われるのです。
報われないかもしれない夢を追い続けることはきつく苦しいことです。ですが、人はそうした試練の中で成長していきます。

こうした真剣な受験生を試験会場で毎年見ている私には、彼ら彼女らの夢を権力が勝手に断ち切ろうとすることに言いようのない憤りを覚えます。

法科大学院制度は旧試験合格者のレベルが下がったといって導入されました。誰がどのような証拠をもってそのような判断をしたのか全く不可解ですが、その結果もたらされたものは司法全体の地盤沈下でした。新司法試験によって合格者のレベルが上がったかは不明ですが、法科大学院志願者が35000人から9000人に激減している事実ひとつとっても憂慮すべきことのはずです。

にもかかわらず何の反省をすることもなく、入学定員削減でお茶を濁そうとしている制度設計者たちの愚かさ、そして自校の新司法試験の合格率が低いと、学生の質が悪いからだと言って開き直る一部の法科大学院教員の見苦しい姿は、権力の傲慢さと既得権にしがみつく人間の醜さをまざまざと見せつけてくれます。

解散決定前の麻生政権の醜態ぶりを見ていて、これは前にどこかで見たことがあるぞと思っていたら気がつきました。自公政権が現在の日本社会の混乱を自らが招いたとの認識を持てず、真摯な反省もせずになんとか取り繕おうとして醜さを露呈している姿は、法科大学院制度に関わった権力者の姿と同じだったのです。
人を幸せにしない制度は長続きしません。次の総選挙で国民の審判を受け、自公政権も終焉を迎えることでしょう。そして幻想と自己陶酔の上に構築された法曹養成制度も必ずや再検討が必要となるはずです。

総選挙と同時に行われる国民審査もまた主権者による大切な意思表明の場です。もっと国民の大きな関心事とならなければなりません。雑感159号で書いたように、イラク派兵を推し進めた元外務事務次官の竹内行夫氏、そして民主主義を大きくゆがめる議員定数不均衡に合憲判決を書いた那須弘平氏、涌井紀夫氏の面々は罷免されるべきです。司法権の担い手は、少なくとも民主主義と平和を実現する仕事をしなければなりません。私たちもできるところから、自分の意思を表明し、現実を変えていく努力をしなければなりません。それが憲法を学んだ者の責任です。

【参考サイト】※伊藤塾外のサイトへリンクしています。
≫イラク派兵違憲判決・報告会のブログ
≫一人一票実現国民会議