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2010年4月 3日 (土)

第176回  親子

フィリピンでは2001年にアロヨ政権が発足して以来、多くの弁護士、人権活動家、ジャーナリストなどが軍の関与によって殺害される事件が起こりました。国連の人権に関する会議などでも深刻な問題だと認識され、各国政府もフィリピン政府に人権状況の改善を求めるなどの動きが出たため、2008年には暗殺事件件数が減少します。私も理事をしている人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」を含む世界の多くの団体が関心を持ち、監視し、許さないと声を上げていったことによって、大きな人権侵害を食い止めることができたのです。

そのフィリピンに行ってきました。

未だに、警察官がグルになって観光客を犯罪者に仕立て上げたり、警察官への賄賂が横行しているようです。公立学校には十分に予算が回らず、子どもたちは教科書を使い回したり、自分の椅子を家から学校まで担いで登校しなければならない状態であったりします。子どもを使った物乞いもごく普通に行われていますし、マニラ市内でもトタン屋根の家でのドラム缶の風呂という生活がごく当たり前に見受けられます。その一方で、マニラのビジネス街は上海やシンガポールと変わらないような高層ビルが建ち並び、銃を持ったガードマンに守られたビジネスマンがより裕福になるために世界を相手にビジネスを展開しています。近年のアジア諸国のどこにも見られる貧困と格差の現実を目の当たりにしてきました。

そのフィリピンで貧困に喘いでいるJFC(Japanese Filipino Children・新日系フィリピン人)と呼ばれる子どもたちがいます。日本人の父とフィリピン人の母を持ちながら、父から見捨てられ、養育費も払ってもらえずに母子家庭で苦しい生活を送っている子どもたちです。日本の父をやっとの思いで捜し当てても、ときに父から自分の子であることを認めることさえ拒絶されます。それでも次に会ったときには認めてくれるかもしれないと希望を捨てない子どもたちの思いには心を打たれます。

フィリピンではMALIGAYA HOUSEDAWNBATISなどの民間団体が厳しい予算をやりくりしてJFCの支援をしていますが、日本にもリーガルサポートを担当する弁護士が何人もいます。貧困、差別、偏見といった人権侵害そして理不尽を許さないという法律家としての原点がそこにあるからです。

こうした子が父を求める気持ちと同じように、父の子を求める気持ちも法的保護にあたいするはずです。ところが日本では、婚姻中は共同親権であるにもかかわらず、親が離婚すると一方のみが親権者とならざるをえないことから、親権を得られなかった親は満足に子に会うことすらできません。親子の関係と夫婦の関係は全く別物です。親子の関係は離婚によって左右されるべきものではありませんし、離婚後も子は双方の親と交流すべきだというのが世界の潮流です。

国際的な子の奪取に関するハーグ条約では不法に連れ去られた子の返還とともに、子との面接交渉も認めていますが日本は加盟していません。子の福祉とともに親の子に会う権利は幸福追求権としても保障されなければならないはずのものです。子の親を思う気持ち、親の子を思う気持ちはどちらも国境を超えて普遍的なもののはずです。どちらの理不尽も放置することは許されません。一方において日本国内でもっとJFC支援が高まり、他方で離婚後の共同親権制へ民法を改正し、ハーグ条約に加盟することは親子というもっとも基本的な人間関係に関する正義を実現するために必要なことです。

日本にはまだまだこうした理不尽が数多く放置されています。皆さんが合格して法律家としてなすべきことは無数にあるのです。