« 2010年6月 | メイン | 2010年8月 »

2010年7月

2010年7月 3日 (土)

第179回 正義

少し前まで大騒ぎしていた普天間基地移設問題はあたかも解決したかのようにメディアで話題に上らなくなりました。

しかし、言うまでもないことですが、米軍機による爆音や、米兵による犯罪の恐怖は従来どおり沖縄の人々を痛めつけています。そしてその沖縄で訓練した海兵隊の若い兵士がアフガニスタンの掃討作戦にかり出されて市民を虐殺していきます。
理不尽な戦争被害をもっとも知っている沖縄県民は、米軍基地による被害者になることを拒否しているだけでなく、加害者になることにも耐えられないのです。
もちろん本土の日本人も多額の税金によってアメリカの戦争を支え、罪もない民間人を殺す側の加害者として戦争に荷担しています。

日米同盟とはそういうことです。

アメリカ海兵隊に入隊した若者たちは12週間で一人前の兵士となり、さらに3ヶ月ほどの実戦的訓練を経てイラクやアフガニスタンの戦場に送られます。訓練の目的は端的で「人を殺せるようになること」だそうです。米国の研究では98%の人間は人を殺せないそうです。そこで人を殺せる人間になるためには、人を殺すことに対する心理的な抵抗感を取り除く教育訓練が必要となり、人間を人間として見ない教育が徹底して行われます。ただ、こうした殺人マシーンとなった兵士を戦場から戻して人間として市民社会に復帰させるための有効な方法は開発されておらず、個人の負担と責任で社会に適合するための努力をするしか手がないそうです。

そもそも個人の自主性を重んじ、個人を尊重する市民社会と、服従を強いられ、組織を重視する軍隊とはまるで価値観が違います。
何よりも人の命を尊重する市民社会と人の命を奪うことを目的とする軍隊が共存できるとはとても思えません。沖縄の米軍基地の存在によるさまざまな悲劇の根源がここにあります。軍人は上官の命令に従い、時には市民にも銃口を向けます。
たった30年前に韓国・光州で起きた民衆抗争はまさにその実例です。当時の軍事政権に対して民主化を求める高校生、大学生、市民に向けて戒厳軍は無差別発砲をし、暴徒を鎮圧するという名目で数百人の市民を殺傷します。
軍事政権に牛耳られていたメディアも、民主化のために立ち上がった市民を北の指令で政府に刃向かった暴徒として報じます。彼らが民主主義のために立ち上がった英雄として讃えられるには数年を要しました。

現在の価値観で評価すれば、民主化のために闘った若者たちはまさに正義でした。
しかし、彼らを撃ち殺した若い兵士たちも上官の命令に従うという軍人の正義に従って行動していたのです。
軍人の本分は、国のために命を捨てることです。そして上官の命令には絶対服従です。たとえ相手が市民だろうが、何も考えずに瞬時に殺すしか選択肢はありませんでした。

現在、韓国には徴兵制があります。
男性は強制的に軍隊で人を殺す訓練を受け、上官の命令に服従する価値観を植え付けられます。多くの韓国人はこの兵役や軍隊の存在に疑問を持っていないようです。北の脅威から国民を守るためには軍隊は必要であり、現在の軍隊はかつてのような悪い軍隊ではないから市民に銃を向ける心配はないとのことです。
ここでは軍隊が新たな正義になっています。正義は危ういものですが、変化し進化するはずです。

たとえ民主化のためであっても武器を持たない、どのような目的でも軍隊を持たないという考えが、人類の正義として世界の人々の間で認識される日を実現するために可能な努力を続けることも、日本の法律家の使命の一つだと考えています。