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2010年10月 2日 (土)

第182回 法律家

法律家の定義とは何でしょうか。市民に聞くと、法律の専門家、裁判をする人、六法全書を暗記している人などいろいろな答えが返ってきました。皆さんの中にも、明確に法律家を定義して目指しているわけではない人もいるかもしれません。

先日、残念なことを聞きました。日本司法書士会連合会が毎年行っている中央新人研修から憲法の講義がなくなる方向という話です。職業倫理とは別に、その根底にある憲法の理念を新人司法書士に伝えるために憲法学者や実務家を招いて毎年行ってきた憲法の研修自体がなくなるというのでしたら残念で仕方ありません。

簡易裁判所で弁護士と同じように民事法廷に立てるようになる前は、司法書士試験科目に憲法が入っていませんでした。代書人にすぎないのであれば憲法は不要だからです。塾では憲法が試験科目になる前から憲法をしっかりとカリキュラムの中に入れていました。それは司法書士は法律家になるべきだという強い思いがあったからです。

法律を使って仕事をする者は、時に人の人生を左右します。そこでは高い職業倫理が求められます。すべての職業にコンプライアンスが求められますが、特に法律を使って仕事をする職業においては、最高法規である憲法価値に従わなければなりません。憲法価値を実現し自ら実践することこそ法律家の使命なのです。

では憲法価値の実現とは何か。憲法の最高価値である、個人の尊重の理念を仕事の現場で活かし、権力や強い立場の者から特に少数者や弱者の人権を守るということです。そしてそのためには、国家や組織からある程度独立して職責を全うできる立場でなければなりません。単なる国益の代弁者なら、それは法務官僚に過ぎず法律家ではありません。組織防衛しか頭にないのであれば、法律家ではありません。個人の人権保障をないがしろにして、自分の利益や出世しか眼中にないのであれば法律家ではありません。私は、法律家とは国家や権力、組織から独立して人権保障をその職責とする者をいうと定義します。

司法書士合格者が単なる代書人ではなく法律家として巣立っていくためには、暗記科目としてしか学習してこなかった憲法に命を吹き込むために新人研修での実質的な憲法の講義が不可欠でした。ですので、憲法の講義がなくなろうとしていることは司法書士会が法律家たることを放棄してしまうことになりかねないと思っています。ですが、合格後を考えながらしっかりと憲法の理念を学び法律家としての司法書士として頑張ろうという思いをもっている皆さんは、実務に出てからの活躍の幅に大きな差をつけることができます。これは差別化のチャンスです。

司法試験受験生にもまったく同じことがいえます。独立性と人権保障が法律家の神髄であることをぜひ自覚して合格後を考えながら日々の勉強に励んでください。
ここを忘れるとたとえ試験に合格しても、検察や裁判所という組織の利益を第一と考えてしまったり、人権よりも自分の出世を考えてしまう失敗に陥ります。

今、社会は検察への信頼が揺らいで大変なことになっています。検察官は法律家であると同時に、法務官僚でなければなりません。組織の人間であると同時に目の前の個人の人権保障の担い手でなければなりません。そのジレンマこそが検察官の仕事のやりがいでもあり、存在意義でもあるのです。
社会は自らの職責を自覚している真の法律家を求めています。