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2011年1月 2日 (日)

第185回 謹賀新年2011

昨年は、塾としての1人1票運動への取り組みが端緒についた年でした。
塾生出身弁護士の訴訟への協力は本当にうれしく思いましたし、受験勉強で忙しいはずの多くの全国の塾生がこの問題を自分のこととして捉えて、運動をそれぞれの方法で推し進めてくれました。
朝、駅に立ってカードを配る、ツイッターで0.2票の事実を多くの人に知らせる、学生イベントを企画して学生に伝える、裁判傍聴に参加する等々。
一人からでも始められることを誰に強制されることもなく実行して、大きなうねりを作り出してくれたのです。

仙台高裁判決は「投票価値の平等についての国民の意識は高まってきており、高い格差の状態が永続することに対する国民の目は日増しに厳しくなっている」と判示し、これを投票価値の著しい不平等状態と評価する根拠にしています。
まさに国民意識の変化が違憲判決を生み出しているのです。

政治的な信条、右も左もなく、単に民主主義の実現だけが目的の運動ですから、誰でも自分なりの思いで参加できます。そして、確実に社会を変えていくことができます。
権力を行使する国会議員の多数が常に主権者の多数を背後に持っているわけではないという理不尽、つまりこの国の意思決定は主権者による多数決原理では行われていないという理不尽を少しでもなくすことができれば、それによって一人ひとりの国民が納得できる社会を築くことができるのです。

自分の投票行動の結果が自分に跳ね返ってくる、そしてその結果が自分にとって利益になろうが、不利益になろうが、多数決の結果であることに納得できる社会を作り出すことが重要です。

政治の失敗を無能な政治家のせいにするのではなく、そのような代表者を選んだ自分たちの責任なのだと自覚し権力を監視するところから民主主義は始まります。
つまり他人事ではなく自分事として政治を考え、主権者としての責任を意識するということです。

もちろん、この運動に参加したからといってそれで試験に受かるようなものではないでしょう。
しかし、個人的な結果が保障されていないけれども社会的に意味のあることに挑戦していくことが重要なのです。
そして積極的にこの運動に関わった塾生は結果として自分に必要な何かをつかみ試験にも合格していっています。

最後の旧司法試験は0.3%の合格率でした。
合格者59人のうちのほとんどは塾生でしたが、彼ら彼女らがすごいのは、単に0.3%に合格して優秀だからというだけではありません。
旧司法試験の合格率は去年の段階で0.5%でした。来年はもっと難しくなることがわかっていながら不安に負けずに挑戦したのです。
99%の人は不合格になることが予めわかっている試験です。そしてどんなに努力しても報われない可能性があることもわかっている試験です。
それにもかかわらず、合格後の社会貢献をめざし、自分を信じて頑張り続けました。
この自分を信じて進む勇気がすばらしいのです。

今の時代、確実なことなど何もありません。どのような職業につこうが困難が待ち受けています。
そこでは自分を信じて最大限の努力をすること自体を厭わない勇気が求められています。
結果が保障された道などどっちにしろ存在しないのですから、ならば自分のやりたいことをやってみるべきです。

これからはますます、自分の意思で自分の人生を切り開いていく人間が必要とされ、また評価される時代となるはずです。
今年一年、精一杯自分らしく生きてください。
応援しています。