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2011年6月

2011年6月 3日 (金)

第190回 謙虚さ

44年前の布川事件に関する再審無罪判決がありました。1967年8月に茨城県利根町布川で起きた強盗殺人事件で、78年に最高裁で無期懲役が確定します。29年間獄中で過ごした後、96年11月に仮釈放されていた桜井昌司さん(事件当時20歳)と杉山卓男さん(同21歳)に対する再審が行われ、5月24日に無罪判決が言い渡されました。典型的な自白強要と検察による証拠隠しが原因の冤罪事件です。

刑事事件で判決が確定した場合には、まず再審を開始するかどうかを決める再審請求審が開かれます。そこで再審開始決定がでると初めて裁判をやり直す再審が行われます。01年から始まった第2回再審請求審では、検察が隠していた自白の録音テープ(恣意的な編集をした跡が何カ所もあるもの)、「現場で見たのは杉山さんら2人ではない」という供述証拠などが初めて公にされました。検察はこれまで「こういう証拠があるから出してほしい」と弁護側から言われても、「見当たらない」と言って出してこなかったものです。

現場からは一つも両人の指紋は発見されず、自白の中心部分が死体の客観的状況とは矛盾していました。自白は捜査官が予め知っている部分だけが詳細になっています。典型的な自白強要でした。桜井さんは、捜査官によって真実のアリバイを否定され、「否認すれば死刑もある」と脅され、嘘発見器の検査結果を「おまえの言っていることはすべて嘘と出た、もう逃げられない」と偽られ、「心が折れた」と法廷で述べています。杉山さんも「あくまで否認するなら死刑だ」と脅され、自白誘導された経緯を詳しく述べています。

逮捕後警察で自白調書が作られた後、検察官の前では自白を撤回し否認しました。この取調べ検事は2人の訴えを真剣に聞いて否認調書を作成します。ところが、再び警察の代用監獄に送られて警察で再度、自白を強要され、また嘘の自白をしてしまいます。その後、別の検事の取り調べを受け、再度、否認しましたが、この検事はまったく聞く耳を持たず、「あのような詳細な調書は犯人でなければとても作れない。裁判になっても君の言うことぐらいでは裁判官も信じない。このまま否認していたのでは救われないだろう」と強引に自白を迫りました。検察への信頼も裏切られ、死刑にされる恐怖からとうとう嘘の自白をこの検事にもしてしまいます。

同じ検察官でも個人の資質によってまったく結果が変わってしまう。有罪と決めたら、被告人に有利な証拠は決して出さない。裁判所も検察の言うことを聞くだけで、自らの責任でしっかりと事実を見ようとしない。日本の刑事司法の醜さ、未熟さが露呈した事件でした。

昨年の検察不祥事があって、権力がどれほど恐ろしいものかを国民の多くは初めて知ったと思いますが、法律家を志す者は、いつの時代であろうが、どこの国であろうが、常にこうした権力の危険性を想定して仕事をしなければなりません。

自分たちの見立てだけを信じて突き進み、結果として真犯人を逃してしまいました。被害者とご遺族はどんなに無念か。20代から40代のもっとも貴重な時間を監獄で過ごすことを余儀なくされ、無実をはらすことに人生をかけなければならなくなった2人の過去は二度と戻ってきません。

自白を強要した警察官も、証拠を隠し改ざんした検察官も、そしてそれらを追認した裁判官も大きな過ちを犯しました。「官」つまり権力を持つ個人が過ちを犯したのです。権力を持つ者が謙虚さを失い、その責任を果たさないことがどれほど人の人生を狂わせることになるのか。これは行政官も同じです。皆さんもそうした立場に立つ可能性があります。謙虚さを失うと視野が狭くなり判断を誤ることを自覚しておかねばなりません。

こうした問題が起こると、検察組織や裁判をどう改善すればよいかという組織や制度の問題が議論されます。しかしどんなに立派な組織や制度であっても、それを支えるのは個人です。皆さん一人ひとりなのです。法律家・行政官としての職責をしっかりと果たしてください。期待しています。

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