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2012年9月 3日 (月)

第205回 国境

領土問題もかつては、外務省などの官僚がしっかりとした方針をもって政策を実現していけば大きな問題は回避できました。しかし、最近の情報化社会そしてインターネットで瞬時に情報が世界を駆け巡り、SNSによってそれが共有される時代になると、明らかに領土問題のプレイヤーも官僚、政府、政治家などだけではなくなってきました。まさに国民自身が当事者として領土問題そのものに大きな影響を与えることになります。
国民にも一定の能力が求められるようになったのです。

尖閣諸島は、棚上げ論がもっとも日本の利益になるとこれまで判断されてきたため、そうした方針で政府も対応してきましたが、それを弱腰と批判し、都で購入するとの石原都知事の発言をきっかけに一部国民がそれに呼応し、政府まで方針転換したかのようです。なぜ、棚上げ論が生まれ、なぜそれが日本の国益にかなうのかを理解しないまま、方針転換することは相手国を利するだけなのに残念です。
(是非、最近話題の孫崎享氏の『日本の国境問題』『日米同盟の正体』『戦後史の正体』などを読んでみてください。)

元々、領土問題はどこの国でも国民は弱腰だといって自国政府を批判し、政府は国内事情に引きずられて対外的に強硬姿勢をとろうとする傾向にあるようです。こうした微妙な問題は本来、国民は調べて知ることができる情報をしっかり踏まえた上で判断しなければなりません。しかし、基本的な事実も承知していない人も多いようです。お互いに過去の経緯や事実を知った上で冷静に行動することが求められます。尖閣諸島の問題であれば、カイロ宣言、ポツダム宣言、そしてサンフランシスコ平和条約の理解は不可欠でしょう。

この問題で棚上げ論は批判されることが多いのですが、私は従来から意義があると思っています。双方の国民が国境問題などを強く意識しないで共存できる状態になるくらいまでお互いの相互理解が深まり、かつ戦争を回避しようという強い意志が双方に不動のものとして定着するまでは、この問題は棚上げするということです。つまり、現時点の政府及び国民のレベルでは解決できなくとも、将来の、今よりも成長し成熟した国民と指導者によってこれを解決することは可能だと考えるのです。

ドイツとフランスは国境を巡って熾烈な戦争を繰り返してきました。第二次世界大戦を終えて、もうお互い市民を傷つけ合う悲惨な戦争はまっぴらごめんだと実感して、これまで紛争の原因であった鉄と石炭の奪い合いに終止符を打ちます。憎しみ合う代わりに双方の利益のために協力し合う決断をしたのです。資源の共同利用を目的に1951年欧州石炭鉄鋼共同体条約に調印し、現在のEUへとつながっていきます。そして「ドイツは失った領土は求めない。その代わり欧州の一員となりその指導的立場を勝ち取る」という一貫した国家戦略の下で、今日のドイツの地位を築いてきたのです。

欧州にはカントの「永遠平和のために」の伝統があります。「いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない」とする伝統です。もちろんときにこれは揺れ動くことがありますが、それでも国際連盟、国際連合という共同体創出によって、相互信頼と尊敬による社会をめざしてきました。
日本にはそれをさらに進めた憲法9条があります。武力によらない紛争解決をめざし、軍事力によらない国際貢献を進める。そして他国と信頼関係を構築することこそが、日本の安全保障につながるという憲法前文の積極的平和主義の精神です。

私はドイツにできたことが日本にできない理由はないと思っています。
これを実現するためにも、憲法価値を理解した市民が一人でも多く生まれ、憲法価値を実現できる法律家、行政官が一人でも多く現場で活躍することが必要だと考えています。皆さんに期待しています。