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2013年7月

2013年7月 3日 (水)

第215回 自信

本試験を前にすると自信がないと不安を感じる人がいます。
自信とは何でしょうか。自分の何を信じたらいいのでしょうか。
能力やこれまでやってきたことを信じろと言われても、そんなものは相対的で確たる根拠になりません。私は自分の存在自体を信じることが大切だと思っています。自分という人間は、今ここに自分しかいません。どんな理由があるのかわかりませんが、今、自分がここにいます。そしてその自分は世界にただ1人です。代替不可能な存在としてここにいること自体を自信の源にすべきだと思うのです。人が人であるのは、その人がそこに1人しかいないからです。誰もがかけがえのない個人として尊重されるということ(憲法13条)は、他の人にとって代わられることがないということです。

存在において代替性がないのであれば、仕事においても、他者に代えられない仕事を目指してみることも意味があるはずです。法律家の世界でもこれからは、独創性、創造性が必要になってきます。PCではできないこと、人間にしかできないことがより重要になってきます。

よく自分の頭で考えろと言われます。
試験の合格程度であれば、先達たちの業績を理解しそれを使いこなせるようになれば十分なのであって、自分の頭で考えて何かを解決するなどということは、多くの場合本人の独りよがりか、勘違いにすぎません。それでも自分の頭で考えることは重要なことです。

すでに存在する理屈を、具体的な事例に当てはめること、これは厳密には自分の頭で考えて何かを生み出す、創造性、独創性とは違うのかもしれません。しかし、そこで頭が鍛えられ、新しい問題に直面したときに、なんとか乗り切ってやろうという自信が生まれてくるのです。

もちろん、日々の仕事は淡々とした地味なものがほとんどです。ですが、そんな中で新たな問題に挑戦し、自分の頭を駆使して乗り越えてやろうという気概を持ち、そのときのために自分を鍛え続けている人間と、ただ漫然と毎日を過ごしている人間とで評価に差が出るのは当たり前のことです。

もう一つの人間にしかできないこと、それは不確実なものに勇気をもって突き進むということです。リスクを計算したら、とても割の合わないことであっても、自らの決意や信念に基づいてやり遂げようとする非合理的な判断と行動です。情に流されて間違いを犯すことも人間らしさの一つですが、自らを信じて自らの意思で自分を一定方向へ向かわせることができるのも人間です。人は必ずしも合理的な行動といえなくても、何かに突き動かされて頑張り続けることができるのです。

試験勉強はその最たるものです。いつも言っているように試験では結果が保障されていません。ですが、その結果が保障されていないゴールに向かって自分を奮い立たせ、努力を続ける気概のある人だけが結果を出すことができるのもまた事実です。その意思の力が試験では試されているのです。これを自信といいます。実務の現場に出たら、どんな依頼者も自信をもって自分の案件を処理してくれるプロに頼みたいと思うはずです。そのときのために日々、自らを鍛えるのです。

本試験に向かって数日であろうが、数ヶ月であろうが、それまでの時間を、自分を鍛えるために有意義に使ってください。それがあなたのかけがえのない人生を、自信を持って生きることにつながるのです。応援しています。