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2013年12月

2013年12月 2日 (月)

第220回 政治と司法

11月20日の最高裁判決に対して新聞では、「甘い判決 自民安堵」「司法の警鐘 届かぬ国会」などの見出しが躍りました。そして、国会に対して、これで安心するな、しっかりと是正の努力を進めろという論調も多かったように思います。

残念ながらこの判決で国会が1人1票を進めると期待することは無理でしょう。
ばりばりの利害関係人たちが、自分にとって不利な制度改革を自主的に行うわけがありません。
だからこそ、裁判所による明確な判断が要求されるのですが、裁判所は政治に配慮してものがいえません。なぜでしょうか。
簡単な理由です。
最高裁判事の人事権が内閣にあるからです。
人事は究極の組織統制手段です。最高裁は人事に関する要望を内閣に聞いてもらうためには、あまり露骨に政府を刺激するような判決を書くことができません。
いや、もちろん書くことはできるのですが、報復が怖くて書けないということでしょうか。

かつて、公務員の労働基本権が裁判で大きな問題になりました。
1966年の全逓東京中郵事件、69年の都教組事件などリベラルな判決が続いたことに危機感を覚えた自民党政権は最高裁の人事権を最大限に使って、最高裁判事を保守的な判事に入れ替えました。
その結果、73年の全農林警職法判決からは政府の言い分をそのまま追認するような判決が定着していきます。

アメリカでも同様のことがありました。
1929年の世界恐慌を克服しようとしたフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策関連立法に対して、自由競争を阻害するものとして米国連邦最高裁は違憲判決を繰り返し(10件のうち8件は違憲)、経済における自由放任主義を擁護しました。
これは大統領の経済政策実現の大きな障害になります。
そこで、大統領は最高裁判事の後任人事を通して判事を入れ替え、国民の経済的自由に政府が積極的に介入する法律を合憲と判断する連邦最高裁を作り上げます。
その後、裁判所は経済政策には消極的であるべきだという司法消極主義が支配的となり、大統領の政策が功を奏して不況を乗り越えていったのです。

内閣や大統領という行政府が最高裁判事の人事権を通じて、最高裁判例をもコントロールしようとすることは、三権分立の下での制度としては自然のことです。
裁判所には違憲審査権を与えるが、判事の人事権は内閣に与えることによって、政治部門と司法部門という権力が暴走しないように相互に抑制均衡を保たせるのです。

では、司法は政治の言いなりなのか、憲法の番人としての役割はどこにいったということになります。
制度としては確かに最高裁が内閣の人事権を恐れるということはあるのですが、裁判官個人としては、その身分が保障され、司法権の独立が確保されています。
裁判官一人一人が、何が憲法の要求なのかに真正面から向き合って、憲法と法律にのみ従うという法律家の原点を忘れなければ、体勢においてはよい方向に向かうと私は楽観しています。
要するに裁判官一人一人の志の高さなのです。
11月28日の岡山高裁の違憲無効判決はそのことを端的に示しています。

制度は所詮、制度です。それを具体的に運用するのはあくまでも個人なのです。
一度は司法消極主義となった米国連邦最高裁ですが、その後、ウォーレン長官(1953-69)の下では、精神的自由や平等の保護のために積極的役割を演じるようになっていきます。
人種差別を認めず平等原則を徹底した判決(1954)や投票価値の平等について統治行為論を排除する判決(1962)を出して、64年の人口比例原則判決のきっかけをつくりました。
そうして米国の1人1票原則が確立していきます。
裁判所の違憲審査権が判例上認められた1803年からなんと160年もたっています。
憲法価値を実現し真の立憲民主主義国家を作っていくということは、こうした時間の中で人々が憲法価値を共有し合っていくことによって成し遂げられていくものなのです。
最後は一人一人の法律家の覚悟の問題です。
皆さんに期待しています。