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2014年3月 3日 (月)

第223回 オリンピック

オリンピックに出場するレベルのアスリートを見ているとどうしても求道者を見ているような気になってしまいます。
スポーツなのだからもっと楽しめばいいのでしょうが、つい受験生と重ねて見てしまうのです。
私たちがこうした超一流の人たちから学べることは本当に多いことに改めて驚きます。
今更いうようなことでもないのですが、思いつくままに書き出してみます。

続ける力、集中力、最後まで絶対に諦めない、セルフコントロール、感謝の気持ち、自分との闘い、気持ちの切り替え、挑戦し続けること、自分のこだわり、ときに基礎からやり直す勇気、イメージトレーニングの重要性、優雅に見える裏での猛練習の日々、目の前の課題を淡々とこなすこと、何かを成し遂げるために年齢など関係ないこと、等々。

年を重ねるごとに力を増す葛西紀明選手には、努力で常識は覆せることを教えられました。
感謝を口にする若手アスリートたちには誰もが一人ではないことを再認識させられました。
浅田真央選手には結果よりもそこに至る過程に価値があること、自分に起こった出来事の意味を自分の意思でプラスに変えることもできることを涙と共に実感させられました。点数よりも自分のこだわりを大切にし、その結果に対して自分で責任を取るという姿勢は真のエリートに求められる資質です。彼女はスケート界のエリートですが、どの世界でも通用する生き方です。

それにしてもオリンピックを観て感じることはそれぞれ違うものなのだなあと思いました。
安倍首相は羽生結弦選手がフィギュアスケート男子で日本初の金メダルを獲得したことについて、「日の丸を背にしたウイニングランに感動した。美しいたたずまいはさすがに日本男児だ。」と述べたそうです。
自宅を流され仙台の仮設住宅暮らしが続く男性は、「プロ野球では楽天が優勝して、感動することばかり。俺も頑張らなくては」と元気をもらった様子です。それぞれが自分の立場や思いに引き寄せて、選手の活躍から何かを感じ取ります。

安倍首相のように日の丸を見て国や日本人を思う人もいるでしょう。急に愛国心に目覚める人もいるようです。日本は金メダルをいくつとれるだろうかと期待していた人も多くいたことでしょう。

ですが、キムヨナ選手とのメダル争いを騒いでいたマスコミも、浅田選手のフリーの演技を観てしまった後は、みな、一様に感動した、メダル以上のものを与えてもらったと書き立てています。彼女の演技を観て、日本が負けたことを悔しがる人はどれほどいたでしょうか。国を背負っての演技ではなく、彼女の自分との闘いに勝ったその演技に感動したのだと思います。

国どうしの闘いのように見えて、実は個人の闘いであり、負けそうになる自分自身との勝負であることを多くの人々は感じ取りました。はからずもスポーツの本質を知ったわけです。中国でも彼女の演技に涙した人も多くいたそうです。

外国特派員協会で日本と韓国の関係をどう思うかと聞かれて、浅田選手は「私から何か言うことはできないと思います。でも私とキムヨナ選手はずっと小さい頃からライバルとして、たくさんのメディアの方に注目されてきましたが、リンクを離れれば普通の友達のような関係だと思っています。」と笑顔で応えています。
これを聞いて私は、これだけの有名人なのだから、欧米のセレブのように、もっと積極的に発言をし、両国の関係改善に寄与してくれればいいのにと少し思いました。しかし、実は、自分の演技を観てもらえれば、国同士の争いなどつまらないことだということをわかってもらえたのではないですかという暗黙のアピールだったような気がしています。

まず個人ありき、そして国家を超えた個人の偉大さを知ることができる、これがオリンピックの素晴らしいところだと思います。国の威信のためにスポーツを利用しようとする姑息な為政者の目論みは、いつの時代もすばらしいアスリートたちによって崩されるのです。