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2014年4月

2014年4月 2日 (水)

第224回 試練の意味

この時期になると、新しく法律家、行政官を目指す皆さんで塾が賑わいます。多くの塾生を祝福するかのように渋谷の伊藤塾前の桜並木は満開です。桜の花言葉にあるように「気高い精神」をもった真のリーダーを「すばらしい教育」によって育成したいという思いで塾を創ってもう19年目になります。塾を立ち上げた頃に生まれた皆さんたちに利用していただけるなんて、本当に感謝の気持ちで一杯です。

人は、多くの人に助けられながら、自分の意思で生き続けています。きっと何かの意味があってこの世に生を受けているはずなのですが、なかなかその意味が見つかりません。桜だって毎年、綺麗な花を咲かせますが、その意味など桜自体は考えたこともないでしょう。単に命をつなぐための営みが、人間の眼をこれほどに楽しませ、花の散り際がこれまた美しいと、そこに精神の気高さまでも感じ取られてしまうことなど、思いもしなかったことでしょう。ある出来事に意味を与えるのは、当事者よりもまわりなのかもしれません。

皆さんの人生にどれほどの意味があり、どれほどの価値があるのか、その存在自体は絶対的な価値ですが、その価値にどれほどの意味づけを与えるかはまわりの人々の思いなのかもしれません。私は誰のどんな人生であってもそこに意味を見いだすことができると考えています。まわりの人々がそこから何かを得て、自分の人生に投影し、自分の生き方をよりよくするために何かを学ぶことができたならば、その学びのきっかけを与えてくれたその人の人生には大きな意味があると考えるからです。

袴田巌さんは48年間、獄中で死刑の恐怖と闘い続けてきました。この不安、恐怖は想像を絶するものがあります。権力の理不尽という現実と向き合わなければならない人生、しかもこれからもさらに過酷な人生が待っているかもしれません。
最後まで絶対に諦めないで支え続ける弁護士の仕事は本当に尊いものです。そして、袴田さんの人生の意味に思いをはせるときに、法律家、行政官をめざす私たちが何を感じ、どう行動するかはとても重要なことのように思われます。

皆さんの人生には、皆さんを必要とする何かがありますし、皆さんを必要とする誰かが必ずいるはずです。ちょうど、皆さん自身の人生がここまで進むために、家族、友人、恩師などさまざまな人との出会いがあったように、皆さん自身と出会えることを待っている人が必ずいるのです。

今の時点では、将来、法律家、行政官になって何ができるかまだわからないかもしれません。ですが、皆さんがこの塾で自分を鍛えて力をつけ、それぞれの夢を実現することが、将来、誰かの希望につながるのです。人は自分だけのために生きているのではありません。皆さんの助けを待っている誰かは必ずいます。そしてそのときのために頑張るだけの価値のある試練です。

もうすぐ本試験を迎える塾生も大勢います。試験を数ヶ月後に控え、不安だという人がほとんどでしょう。ですが、いつも言っているように、不安は自分が頭の中で作り上げた幻想にすぎません。人は自分で勝手に不安という幻想を作り上げ、その不安に苦しみこれと闘い、克服して強くなっていきます。

自分で不安を作り、それに怯えているのですから、おかしな話です。そもそも不安を感じるような環境に自らをおく必要などなかったにも関わらず、こうして試験に挑戦してあえて不安を感じる道を選択しました。それはたとえ自分で作り上げた不安であっても、それに打ち勝って自分の精神を強く鍛えていくことには意味があるからに他なりません。こうして心を強くする試練を経験することによって、より大きな不安や試練に耐えることができるようになっていきます。大きな不安であればあるほど、それを乗り越えたときの達成感と自分の成長には驚くほどのものがあります。

誇りと自信を持って挑戦し続けてください。最後まで応援しています。