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2014年5月

2014年5月 3日 (土)

第225回 集団的自衛権

憲法は国民から政治家への命令書のようなものです。
よって、政治家はどのような思想信条を持っていようと、この憲法を尊重し擁護しなければなりません。
それが憲法99条です。今、憲法を学んだ者として、また、一主権者としてどうしても言っておかなければならないことがあります。
集団的自衛権の行使を認めるような憲法解釈の変更についてです。

集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利です。
つまり、自国を守るための武力行使ではなく、他国を守るための武力行使を認めるということです。
自衛権というよりもその本質は他衛、他国防衛にあります。
この本質はどんなに限定的な行使といったとしても変わりません。
日本ではなく米国を守るために海外で自衛隊が武力攻撃をする、つまり戦争に巻き込まれることを認めることになります。
 
政府はなぜ今、これを認めることに固執するのでしょうか。
中国や北朝鮮の脅威はすべて日本を守るということですから、個別的自衛権の問題です。集団的自衛権は関係ありません。
どうやら日米同盟を強固にしたいその一心のようです。この問題を熱心に推し進めている識者の北岡伸一さんは、新聞のインタビューで本音を語っています。
「今あるのは(日本が)見捨てられる危機だ。米国を何とか引きとめなくてはいけないのに、米軍が襲われても助けるのは嫌だという都合のいいことはできない。」つまり、米国に見捨てられないようにするために集団的自衛権を行使できるようにしたいというのです。

そして北岡氏は「憲法上の縛りを軽視しているのでは。」という記者の質問に次のようにも答えています。

「憲法は最高規範ではなく、上に道徳や自然法がある。憲法だけでは何もできず、重要なのは具体的な行政法。その意味で憲法学は不要だという議論もある。(憲法などを)重視しすぎてやるべきことが達成できなくては困る」と。これまたすごい発言です。

また、安倍首相も国会で憲法について質問されて「憲法について、考え方の一つとして、いわば国家権力を縛るものだという考え方はありますが、しかし、それはかつて王権が絶対権力をもっていた時代の主流的な考え方であって…」と立憲主義を過去のものとしています。
立憲主義を理解していない首相が、憲法学などいらないという参謀とともに権力を行使しているのですから本当に恐ろしいことです。

現在、全国の弁護士会や日弁連でもこの動きに反対しています。
官僚の中でも歴代内閣法制局長官は反対し、憲法学者はもちろんさまざまな分野の学者もこぞってこれに反対しています。私は以下の理由から反対です。

(1)立憲主義の意義を失わせる。
憲法によって縛られる側の都合でどうとでも解釈できるとしてしまうと、憲法のみならず、法への信頼も失わせることになる(盗人が刑法の解釈を変更して空き巣くらいはOKとするようなもの)。

(2)日本の敵が一気に増え、国民生活に大きな影響が及ぶ。
集団的自衛権は同盟国の敵が自国の敵となる。これにより、日本のこれまでの友好国が一気に敵になってしまい、国民と企業が武力攻撃・テロの標的になる危険が増す。また、米国はあくまでも米国の国益に従って行動するのであるから依存しすぎるのは危険。

(3)近隣諸国との緊張を高め、軍拡を助長する。
安全保障のジレンマといわれるように、近隣諸国の軍拡の口実を日本が与えることになる。近隣との緊張関係の高まりが日本の集団的自衛権行使容認によって収束するとは考えられない。

(4)外交上のカードを失い、より困難に直面する。
これまで憲法9条を盾に集団的自衛権行使の要請を断ることができたのに、行使容認後は「助けにいけるのだがあえていかない」と断ることになる。これは信頼関係をかえって壊す。もしくは、無条件に同盟国からの要請に応じ他国の戦争に巻き込まれることになる。

(5)平和国家という「ジャパンブランド」の放棄。
海外で武力行使しないことは、平和国家としての日本のブランドを世界に広める上で重要な役割を果たしてきた。集団的自衛権行使を認め、普通に戦争ができる国となることは、日本のブランド価値を下げ、国力を削ぎ、国益にも反すると思われる。