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2014年9月

2014年9月 3日 (水)

第229回 歴史に学ぶ

先日、気が置けない友人たちと松本に一泊温泉旅行に行ってきました。
少し時間に余裕があったので、松本市歴史の里という松本市立博物館の分館を皆で見学することができました。松本は夏の風物詩となっているサイトウキネンフェスティバルをはじめとして、様々なイベントが頻繁に実施される文化都市として有名ですが、一風変わった博物館がいくつもあります。
今回は司法博物館を見学してきました。明治憲法時代の裁判所が城跡から移築されたものです。日本で唯一、完全な形で残っているものだそうです。裁判官と検察官が並んで高い法壇の上から被告人と弁護人を見下ろすその構造は、まさに糾問主義そのものです。組織としての司法権の独立などなかった当時の様子もよくわかります。他にも少年刑務所独居房や製糸工場なども移築されていて、多くのことを学ぶことができました。

 
そこに、木下尚江(きのしたなおえ)の生家も移築されていました。
明治・大正・昭和にかけて民主主義と非暴力を掲げて活躍した弁護士、社会活動家です。普通選挙運動を松本で始め、日露戦争批判、足尾銅山など公害問題に関わるのみならず、朝鮮人、アイヌ民族、新平民、公娼問題などで人権救済に大きな力を発揮しました。明治憲法の下で、投獄されながらも「一人一人が大事にされる世の中にしなくてはいけない」「どんな理由があろうとも、戦争はいけないことです」と声を上げ続けたのです。憲法には天皇から恩恵として与えられた臣民の権利しか規定されず、天皇の戦争権限が明記されている明治憲法の下で、こうした声を上げることがどれほどの困難を伴い、勇気と信念を必要としたことか想像もできません。

それでも、人は自分の信念に基づいて発言し行動することができるのです。
日本国憲法の人権や民主主義はけっして戦後、アメリカから押しつけられたものではないことがよくわかります。多くの自由民権運動家や木下尚江、布施辰治を初めとする気骨ある法律家たちの意思が具現化したものともいえるのです。私たちはその延長線上で法律を学んでいます。先人たちの意思を引き継ぐ責任があるともいえます。もちろん、次の世代への責任もあります。歴史の中で生きる人間は誰もが前の世代と次の世代への責任を担っているのだとつくづく思います。

日本国憲法がない時代から個人の尊重、人権、平和を主張してきた先人がいたということは、憲法という形が重要なのではなく、憲法の背後にあるこうした考え方が重要なのだということを意味しています。憲法解釈がどのように変えられようと、明文改憲がなされようと、憲法が理想とする理念を実現するために努力し続けることが重要なのだと改めて認識させられました。

過去を受けて、今をいかに生きるかを考えるためには、負の遺産にしっかりと向き合うことも重要です。ドイツのニュルンベルク・フュルト地方裁判所では、ナチス戦犯を裁いたニュルンベルク裁判の600号法廷がそのまま残され、記念資料館が併設されていて多くのことが学べます。ミュンヘン近郊のダッハウ強制収容所も同様に立派な記念館になっており、同じ過ちを二度と繰り返さないためにドイツ人はじめ多くの学生が訪れて学習しています。こうした国家の負の歴史を学ぶことはけっして国を卑しめるものではなく、過去を直視する勇気と誇りを持つきっかけになるものです。そしてそれは未来につながります。

試験も同様です。
合否はもちろん重要なことですが、もっと大切なことは学んだことを自分の人生の中で生かし、世の中の幸せの総量を増やすために努力することです。
法律を学んだことの意味は試験の合否だけで計れるような薄っぺらいものではありません。
合格発表に一喜一憂するのではなく、事実に真摯に向き合い、試験を通じて自分がやりたかったこと、めざしたかったことは何かを考えるきっかけにすることができれば、合否は自分の人生の未来にとって等価値となります。

頑張りましょう。