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2015年1月

2015年1月 1日 (木)

第233回 謹賀新年

昨年12月13日に恒例の沖縄スタディツアーに出かけました。機内のクラシックチャンネルを聴き始めたらモーツァルトのレクイエム(死者のためのミサ曲)が流れてきました。この鎮魂曲を聴きながら、明日の総選挙で日本の民主主義と憲法が葬り去られるのだろうかと暗い気持ちになってしまいました。

元防衛官僚の柳澤協二氏が名護市長選挙前に名護市で辺野古基地反対派候補応援のシンポジウムを開催しました。小泉、安倍、福田、麻生の各政権の側で安全保障政策を進めてきた方です。「ここで行動しなければ、一生悔いを残すことになる」という思いに突き動かされたそうです。

石破幹事長が基地受け入れと引き替えに500億円の補助金を約束していたような状況での基地反対のシンポジウムです。「こうした『大物』に無名の私が対抗しても『無駄な抵抗』にすぎないかもしれない。だが、そうであるからこそ、自分にできることはしておかなければならない。」と『虚像の抑止力』(共著・旬報社)の中で述べています。官僚として自分がやってきた仕事の意味を問い直し、自分の人生と真摯に向き合い、自分の人格を問い直すという重い言葉も残しています。

柳澤さんとは国民安保法制懇で7.1閣議決定を批判する立場から共に議論をさせていただいていますが、氏の言動からはいつも官僚として生きることの覚悟を感じます。自分の信念に忠実に、真摯に仕事と向き合い、立場が変わっても、誰が相手でも言うべき時にはきちんと自分の責任で発言する。裁判官、検察官という司法官僚も行政官僚もその覚悟は同じです。

私たちは憲法の学習で、多数の国民のために少数者の人権が侵害されることはあってはならないことを学びます。沖縄の海兵隊が抑止力として機能しないことは多くの日米の軍事専門家の指摘するところです。ところが、日本法でも米国法でも許されないような危険な基地が日本国内に存在し続けています。普天間基地の危険除去のための移設・返還と辺野古の軍事要塞建設は全く別問題であるにもかかわらず、政府は移設なければ返還なしと恫喝します。理不尽の極みです。

1959年の砂川判決において最高裁は、米軍がいつでもどこでも傍若無人に振る舞うことを許してしまう安保条約を合憲と判断しました。田中耕太郎裁判長が駐日大使と訴訟進行に関して密談をしていたことが明らかになっている茶番のような裁判です。これにより戦後70年たった今でも日本は米軍に占領され続けているのです。司法の責任は極めて重大です。ここまで民意が無視され、憲法がないがしろにされ、日本政府の米国に対する隷従による人権侵害が放置されている根本原因は司法にあると再認識させられ絶望的になります。

機内で聴いたレクイエムの次に流れたのがベートーベンの第9合唱付きの第4楽章でした。歓喜の歌として知られていますが、彼の人生は苦しいものでした。その中で彼が望んだことは、自分と同じく不幸な一人の人間が、あらゆる障害にもかかわらず、人間という名に値する一個の人間となるために全力を尽くしたことを知って慰めを感じてほしいということだったそうです。こんな手紙の言葉も残っています。「無限の精神を持っている私たち有限の人間はひたすら悩んだり喜んだりするために生まれていますが、ほとんどこういえるでしょう。…最も優れた人々は苦悩を突き抜けて歓喜を獲得する(Durch Leiden Freude)」

この一年苦悩の年となりそうです。ですが、そこで闘ってこそ人間として生まれた歓喜があるのだと信じて、今年もまた一年、真剣勝負で頑張ります。悩みを突き抜けて歓喜に到れ!