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2015年6月 1日 (月)

第238回 想像力

法律家や公務員をめざす者が、勉強以外にどうしても鍛えなければならないことがあります。想像力、共感力です。憲法は1人1人が個人として尊重される社会をめざします。その中で専門知識という強い力をもって仕事をする法律家、公務員は常に具体的な人間として個人を見ることができるように、自身の想像力を鍛えて、相手の立場に立ってものを考えることができるように共感力を磨いていかなければなりません。

法律は理性の世界ですが、実は感性が重要です。講義でも具体例をイメージできるようにといつも話しています。それは、私たちの仕事が具体的な1人1人を相手にするものだからです。抽象的な市民や国民という言葉の向こうにどれだけの具体的な人間を想像できるかで、公務員の仕事ぶりもまったく変わってきます。勉強の過程で具体的に考え、当事者の立場にたって問題点を見つけることができるようになることは試験対策として不可欠ですが、それ以上に実務家になったときに必要な資質なのです。

皆さんは日本の国を描いてくださいと言われたら、どんな絵を描きますか。日本列島を描く人が多いのではないでしょうか。ですが、それは国土であって国ではありません。国は領土と国民と権力によって成り立っていますが、もっとも重要な要素は権力ですから、権力行使の形すなわち権力分立などを描くべきでしょう。ですが、多くの人にとって国と国土が一致してしまっています。西欧では国は併合・分割の歴史の繰り返しですから、そもそも固有の領土という発想がないし、国は自分たちの意思で創るものと考えています。日本では海に囲まれているためか、国境も国も所与のものと無意識のうちに想定してしまいます。

国は本来、このように抽象的な存在です。ですが、権力を行使するときには具体的な国民に強制してきます。権力という有無を言わさぬ力を行使される国民を1人1人の人間として具体的に想像できるかが重要です。安保法制(戦争法)の議論では武力行使、武器の使用という言葉がよく出てきます。武力行使とはどういうことでしょうか。具体的にイメージを持たなければ集団的自衛権の意味が正しく理解できません。他国で人を殺傷し、建物を破壊することです。

また、自衛隊法改正案では平時でも外国の武器を防護するために自衛官は武器の使用ができます。これは例えば自衛艦と米国軍艦が共同訓練をしている最中に刺激を受けた国が米艦を攻撃してきたときには、自衛官はミサイルを発射して米艦防護のために戦えるということです。米艦という武器を防護するためにミサイルという武器を使えるということです。相手から見ればどう見ても集団的自衛権です。武器の使用と武力の行使の区別などつきません。しかも現場の判断でこれができるというのです。

さらに国際社会の平和と安全という名目で、関係国の人々が殺傷され、生活が破壊されます。日本人の手によって血が流れ人が死ぬのです。人を殺すことは本来、人間にはできません。自分が人を殺したという事実は一生心の傷となり苦しみ続けることになります。米国でも戦死者以上の数の帰還兵が自殺をしています。自ら命を絶たざるを得ないほどの苦しみを味わう状況に国家が若者を追いやるのです。それが武力行使であり、武器の使用です。

当然、自衛官にも死傷者がでるようになるでしょう。安倍首相が軍事同盟は「血の同盟」と言っています。血を流すのは自衛隊ではありません。自衛官という人間です。家族があり愛する人がいる生身の人間です。こうした具体的な人間の息づかい、破壊される生活、苦悩を想像する力が今、求められているのです。

法律を学ぶことはこうした想像力、感性を磨くことに他なりません。具体的にイメージする想像力の訓練をしている私たちだからこそ、今回の安保法制(戦争法)に反対の声を上げなければならないのです。各地の弁護士会や日弁連がさかんに声を上げているのは、そうした想像力を鍛え、その力を使って毎日仕事をしているからなのです。見えないものを見る力、それが想像力です。人は誰もが自分の見たいものしか見えないものです。誰も戦争なんかしたくありませんし、テロや戦争に巻き込まれるなんて考えたくもありません。ですが、国際社会の冷徹な現実を踏まえて可能性と蓋然性を区別しながら、あえて想像力を駆使して見えないものを見るのが法律を学んだ者の責任だと考えています。

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