真の法律家・行政官を育成する 「伊藤塾」 株式会社 法学館

伊藤塾携帯サイトからでも
ご覧になれます!

2015年7月 2日 (木)

第239回 憲法の番人

政治家による「マスコミを懲らしめる」発言にはあきれるばかりですが、政府与党は憲法学者、弁護士会のみならずあらゆる分野の学者の反対、そして国民の懸念などどこ吹く風とばかりに国会の会期を延長して強引に戦争法関連法を成立させようとしています。
「自衛の措置が何であるかを考え抜くのは憲法学者ではなく政治家だ。」という発言があったとも聞きます。そのとおりでしょう。ですが、政治家はあくまでも憲法の枠内でそれを考え抜いて実践していかなければなりません。憲法を無視して好きなように考えることは素人でもできます。それではプロの政治家とはいえません。

「権力は常に監視されなければならない。どんな権力者でも憲法に従う。」人の支配から法の支配へ近代立憲主義の確立とともに移行したはずなのに、近代国家の中で日本だけが再び人の支配へ逆行しようとしています。「安倍の支配」に誰も異を唱えることができないとは情けない限りです。
今私たちに問われているのは、どのような国に過ごしたいのか、日本をどのような国に創り上げたいのかという私たち自身の意思です。私たちが主体性をもって自らの生き方を選択することができるかが問われているといってもよいでしょう。つまり私たち自身が自立した市民になる気概があるのかが問われているのです。

私たちは日本を一体どんな国にしたいのでしょうか。
これまでの日本は法で権力がコントロールされる国を目指してきました。それをやめて、数の力にものを言わせることが民主主義だといわんばかりに、何でも力で押し通す国にしたいのでしょうか。力は権力だけではありません。国のトップがそのような考えを持つと、腕力、財力、社会的地位などの強い力を持つ者が弱い者を支配する国になってしまいます。ずいぶんと野蛮で品性のない国になりそうです。
マスコミや国民が自由にものを言って権力を批判することができる国が民主国家です。それが、政治家による圧力でメディアが萎縮してしまい、言いたいことも言えず、権力を賛美するしかない国になってしまいます。
これまで外に敵を作らず攻撃されない国を作ることがこの国にあった一番の安全保障だと考えてきた国が、わざわざ仲間の敵は自分の敵とばかりに外国に敵を作りに行く国になってしまいます。外交力を鍛えてあらゆる国との信頼関係を構築しようと努力する国から、同盟国のことだけを考えて、相手を抑止力で抑え込むために軍事力が突出した国になってしまいます。
専門家に敬意を払い、力を持つ者も謙虚さを美徳とする国から、専門家など自分に都合よく利用すればいいとばかりにその叡智を貶める国になってしまいます。これらはどう考えてみても、国家として衰退する方向と言わざるを得ないように思われます。私たちは本当にそんな国を望んでいるのでしょうか。

自民党の高村正彦副総裁は「憲法の番人は学者ではなく、最高裁だ」と発言したそうです。一人一票実現訴訟の判決では最高裁判決をまるで無視しておきながら、砂川事件判決を集団的自衛権の根拠として持ち出すとは、苦し紛れとしか思えません。ですが、その最高裁判事も国民審査で罷免されます。つまり憲法の番人は国民なのです。
具体的な事件が起こって判決が出るまでは、国民が民主制の過程を通じて立憲的な監視をします。判決が出てからは国民審査を通じてやはり国民が憲法の番人として立憲的な監視をし続けるのです。これが憲法制定権者である国民の責務です。憲法12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と規定されています。いまほど国民の憲法制定権者としての、つまり主権者としての責任が問われているときはないと思います。自分たちがどのような国で生きていきたいのか、日本をどんな国にしたいのか、その意思を明確にして、はっきりと意思表示をする必要があると思います。
請願や署名活動は外国人でもできます。こうした意思表示は年齢、国籍、民族を問いません。この国と関わりを持つすべての市民が主体的に生きるためにできることの一つです。日弁連でも引き続き署名を集めています。法律家、公務員をめざす皆さんやご家族にもぜひ、自立した市民として、そして憲法の番人としてご協力いただければ嬉しく思います。

≫集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回と関連法律廃案を求める署名のお願い(伊藤塾ウェブサイト)

伊藤塾ホームページ
Copyright © 伊藤塾/(株)法学館 1996 All Rights Reserved.