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2016年3月 1日 (火)

第247回 不安に克つ

予定されている安保法制の施行に先立ち、官邸から、緊急権条項を憲法の明文に加える改憲の動きが出てきています。大災害の不安、周辺諸国からの侵略の不安、テロの不安を指摘しながら、憲法に緊急権条項は必要だというのです。確かに私たちは常に不安と隣り合わせで日々を過ごしています。突然の交通事故や自然災害の被害に遭うかもしれません。不安です。こんなに必死に勉強しても必ず合格する保障などないのですから、勉強を始めること自体不安です。

しかし、「不安」は人の心理に依拠した主観的な概念であり、現実ではありません。その範囲は際限なく広がる可能性があります。為政者はいつの時代どこの国でも国民の不安を増幅させて政治目的を実現しようとします。特に軍事力や警察力という国家の暴力装置を働かせようとするときに、意図的に国民の不安を利用するのは常套手段のようです。ですが、様々な名目で権力が国民の自由に介入することや、軍備を拡大することは多くの副作用を伴いますから、国民としてはよくよく注意しなければなりません。ときに歯止めがかからなくなる危険もあります。「不安」を解消する唯一の方法は、冷静に不安の原因をよく見きわめ、どのような具体的危険があるのかを明らかにし、ひとつずつ解決していくことです。具体的な危険の存在とそれに対する法律レベルでの対処といった議論なしに、国民の自由を大きく制限する緊急権条項をめぐる改憲論議をすることは立憲主義の作法を大きく逸脱するものと言わざるを得ません。
確かに近隣諸国、特に中国や北朝鮮に対する不安を感じる人も少なくないかもしれません。ですが、対処法の本質は同じです。主観的な不安というものと客観的な危険性をきちんと区別をすることが出発点です。たとえば、中国の軍事費増大という点から中国に不安を感じる人がいます。ですが、軍事費に関して言えばアメリカの方が圧倒的に巨額です。にもかかわらず多くの日本国民はアメリカを軍事的脅威とは考えていません。とすると軍事費の増加が問題なのではないとわかります。また、日本の平和度指数は4年連続で162カ国中第8位でした。アメリカは94位で、日本はG7諸国の中ではダントツに平和度が高い国です。

こうして知性と理性で不安の原因を客観的に明らかにしながら対処法を見つけていくのです。イスラム国が怖いという不安から、イスラム教が怖いという思いに不安が拡大することがあるかもしれません。ですが、私たちはどれだけイスラム教のことを知っているでしょうか。ムスリムの友人は何人いるでしょうか。文化・歴史・時代背景などさまざまな知識を得ることで不安から解放されることができます。無知から偏見が生まれ、偏見から不安が生み出されます。

他方で、安保法制によってテロの標的になるかもしれない。戦争に巻き込まれるかもしれないという不安も同様です。その危険性がどれほど高まるのかという冷静な分析と評価なしにいたずらに不安をあおるだけでは、健全な議論はできません。

受験生として日々の不安に打ち克つ場合も同じことが言えます。模擬試験の点数が思うように伸びないからといって不安になり、勉強が手に付かなくなる人がいます。ある意味では当たり前の反応なのかもしれません。ですが、そうした不安に押しつぶされそうになったときにこそ、自分を客観的に観察する力を鍛えることができるのです。試験勉強は毎日が不安との闘いだといっても過言ではありません。絶対に合格したいと強く思えば思うほど、不安になってくるものです。だからこそ、その不安に打ち克つ訓練の場が与えられたのだと、自らの状況に感謝して乗り越えていくことが必要なのです。

いつも言っているように不安を紙に書き出して可視化します。その上で不安の原因も書き出してみます。なぜ、不安を感じるのか、その原因を3段階くらい掘り下げて書き出してみると、実はたいしたことのない理由で不安を感じていることがわかります。不安は現実ではなく、対処可能なものだと認識することができます。

法律家や公務員として仕事をするということは、常に不安と向き合うことを意味します。弁護士としてどんな裁判でも絶対勝てるということはありません。裁判官や検察官、公務員になっても絶対に正しい判断ができることなどあり得ません。常になんらかの不安がつきまといます。特に初めての案件や憲法訴訟のように人があまりやらない裁判においてはなおさらです。ですが、そもそもリスクや課題のない訴訟などあり得ないのですから、そうした場面でも不安に打ち克って挑戦する意欲と能力があるかが試されることになります。不安を克服して現場で活躍できる法律家や公務員になるために今の試練があるのだと自覚できれば不安を味方にすることができます。これもまた試験に挑戦する重要な意義です。