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2016年5月

2016年5月 3日 (火)

第249回 過去・現在・未来


熊本の震災に対して何ができるか。5年前の東日本大震災のときもそうでしたが、受験生として何もできないもどかしさを感じる人もいることでしょう。しかし、こういうときには普段通りに過ごすことが最も重要です。法律家、公務員として社会に貢献するという志を立てたのですから、それを実現するために全力を尽くす。そして力をつけて、被災者救援、災害対策のために尽力すればいいのです。

現場がもっとも望まない中央の権力を強化する緊急事態条項など不要なだけでなく有害であるとしっかりと理解し広めれば、それだけでも大きな意味を持ちます。火事場泥棒的な改憲の主張は5年前にもありましたが、そうした政治家の暴走を封じるのも市民の重要な役割です。

今年は憲法公布70年で69回目の憲法記念日を迎えます。昨年は戦後70年でした。来年は憲法施行70年となります。3年連続で70年の節目が続きます。この3年の間にはさらに思いもかけない事が起こるかもしれません。天災には事前の備えしかありませんが、人災は避けることができます。

社会の変化も立憲主義、民主主義の発展というよい方向なら大歓迎ですが、間違った方向への変化なら、市民として、法律家としてなんとしても阻止しなければなりません。先月、630人ほどの弁護士が代理人となり安保法制違憲東京第1次訴訟を提訴しました。憲法無視の法的クーデタが起こされたのですから、あちこちで法律実務家や憲法学者そして市民が前例のない闘いを続けています。この3年間にこの国で起こることは極めて重要です。

しかし、ここで今起こることがどんな意味を持っているかは、実は私たちが今ここで判断することはできません。私たちは未来から見たところの過去を生きているからです。過去の出来事の意味は現在を生きる者がその事実を評価して決めます。個人のレベルでも、どんなに苦しいことが起こっても、それが実は本人にとって意味のあることで、よりよく生きるためには不可欠の試練だったと10年後に気づくこともあります。逆境、スランプだと思っても、それは事実に対する今の自分の主観的な評価にすぎません。そんなものに一喜一憂する必要はないのです。一歩先を目指して今やれることを淡々とやるしかありません。

受験生にとって試験当日はとても重要な日になります。こうした重要な日が近づくと、失敗したらどうしようと様々な思いを巡らして緊張したり不安になってしまったりすることがあります。ですが、不安や恐怖は事実ではありません。自分の頭の中で想像して創り上げた産物にすぎません。

そして失敗してはならないと強く意識すると、人間はその反対のこともまた無意識のうちに意識してしまうようにできています。合格だけを強く意識すると、無意識のうちに不合格になったら大変だと考えてしまうのです。象のことを想像するなと言われると、つい頭の中で象を思い描いてしまうのと同じです。ですから、合格のことなど考えてはいけません。

皆さんのゴールは合格後にあります。その手前の合格など意識する必要は全くないのです。自分の立てた目標をクリアーするために今、懸命に努力すること。それだけで十分です。勉強も人生も自分を成長させるためにあるのですから、そのプロセスで自分が成長できればそれだけで大成功です。試験の結果は、ゲームの結果と同じように今回たまたまそういう結果だったということだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。事実にどのような意味を与えるかは現在の自分ではなく、未来の自分に任せればいいのです。何も恐れる必要はありません。何が起ころうと自分が成長できるのであれば、全く問題ありません。自分らしく堂々と今を生き抜けばいいのです。試験では目の前の問題を淡々と解けばいいだけです。

安保法制違憲訴訟は前例のない規模と質の裁判になります。私もときどき不安と恐怖に押しつぶされそうになることもあります。ですが、大切なことは今やるべきことを淡々とこなしていくことだと自分に言い聞かせて乗り切ろうと思っています。いつまでたっても楽になりません。いや、これも今の自分の評価ですね。大変なのか、楽なのかの評価自体も主観的なものですから、そんなことを今言ってみても意味のないことです。現在の自分に起こっていることの評価は未来が決めるのですから。私も70年の節目でやれることを精一杯やっていきます。