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2016年6月

2016年6月 3日 (金)

第250回 憲法と政治

皆さんに一冊の本を紹介したいと思います。学習院大学の青井未帆教授が著した「憲法と政治」(岩波新書)です。毎日のように憲法関連の書籍に目を通しているとある種の慣れに感覚が麻痺してくることがあります。この本はそんな私の心を揺さぶり、改めて憲法と共に前に進む勇気を与えてくれました。

具体的な資料と根拠を示しながら、「政治が憲法を乗り越えんとするかのような『いま』を切り取ろうとしたもの」であり、立憲主義と民主主義を回復すべく闘っているすべての法律家、市民に第一級の資料を提供してくれます。憲法訴訟の実際をより深く理解するためにも有意義です。

先生は最後に沖縄に触れます。「筆者には日本国憲法の平和主義の『具体化』の話の中に理屈を立てて沖縄を位置づけることはできなかった」という率直な言葉の持つ意味を本土の人間のひとりとして心に刻まなければならないと思いました。伊藤塾では毎年沖縄スタディツアーを行っています。米軍関係者による事件が後を絶たず、オスプレー配備、新基地建設問題でも、本土の人間はいつも「沖縄問題」と認識してしまいます。これらは皆「日本の問題」であり、主権の問題であり、憲法問題です。

本書のタイトルは、「憲法と政治」というこれまでありそうでなかったものです。憲法で政治を縛ることが立憲主義の本質的課題であるとするならこれまでは、憲法と政治の関係を今ほど意識する必要がなかったのかもしれません。今、この憲法と政治の関係を通じて市民としての自覚が求められています。法律を学ぶ者の覚悟が問われているというべきでしょうか。憲法を学んで法律家となろうとする者には憲法を知ってしまった者の責任があるはずです。憲法の下で今を生きる市民として、私たちはどう生きたいのか、次の世代にどのような社会を残したいのか。今ほど「平和への意志」を求められているときはないように思います。

本書によって平和憲法を持つ国の市民としての強い自覚を促されました。同時に法律家としての覚悟を問われた思いでした。どのような仕事をしていても、憲法と政治に関して、日々の業務とは無縁の話題として無関心でいることはできるかもしれません。しかし、法律家として無関係ではいられないはずです。ましてや市民として無関係であろうはずがありません。政治が憲法を乗り越えようとする今に目を背けることは、法を否定しあらゆる規範を軽視する事態を放置することにつながります。これらは法律家としての自らの存在すら危うくします。

参議院選挙で、各党はこの国のあり方をどう変えようとしているのか、その本質をしっかりと見極めることが必要です。選挙権行使は、この国をどうしたいのか、どんな国で生活するのが自分にとって一番幸せなのか、それを意思表示することに他なりません。つまり自己決定権の政治への反映です。自由のために民主主義があるのであり、自由権と参政権は一体です。

広島訪問をしたオバマ大統領の演説は多くの人々に感銘を与えたようです。演説の原稿はスピーチライターが書いているはずなのですが、人の原稿を読んでいるだけという感じがしませんでした。日本の政治家とはだいぶ印象が違います。スピーチ原稿は、広島の惨状を見てもいないし、被爆者の方から直接、話を聞いてもいない段階で作っているはずです。ですが、原稿を読み上げるときに言葉の中に彼の気持ちが入り込みました。

戦争でどれだけのアメリカの若者が死んでいったのか、そのトップとしての責任、広島・長崎に原爆を落とした国の大統領としての自覚、謝罪できない立場、軍縮を実際には進めることができない葛藤、戦争をなくしたいけれども理想ばかり語ってはいられない国際社会のリーダーとしての苦悩。それらをすべて引き受けた上で、それでも「戦争自体に対する考え方を変えなければならない」という彼の戦争や核兵器に対する思いの強さ、心の強さが聞く人々の気持ちを動かしたのだと思います。

青井先生の本からも強い思いが伝わってきます。それを受け止めてどう活かすかは私たち次第です。将来、人権や平和に関わる仕事をすることはないだろうなと思っている多くの塾生にこそ、そして試験の最中である今だからこそ、読んでほしい一冊です。